
広島県呉市大和ミュージアムの1階 大和ひろばに展示されてある戦艦大和。呉の造船会社が製作したといわれる戦艦大和の模型は、実際の大和の10分の1とはいえ、全長26、3メートルの大迫力。この10分の1戦艦大和は、当時の資料として残されている設計図や写真、潜水調査水中映像などをもとに可能な限り忠実に再現された。
戦艦大和建造の技術
大和ミュージアムには、この10分の1戦艦大和や実物のゼロ戦など、当時を知る貴重な資料が詳しい説明とともに分かりやすく展示されている。史上最大最強と謳われた戦艦大和の建造計画、その技術、当時の科学技術のすばらしさにただただ驚きを隠せなかった。
戦艦大和級の大きな戦艦は、当時日本では呉市が主に建造していた。呉はまた、日本にある他の造船工場を指導する役割を担っていた。巨大戦艦大和を造った技術(戦艦建造の設計や生産管理体制)は、戦後における呉の造船にしっかりと引き継がれている。この戦艦大和を造った技術があるからこそ戦後の呉の造船業が栄えた。その例として、戦艦大和のバルバス バウとよばれる球状艦首の形状(波の抵抗をなくして速度の向上を図る)を採用した経済船型タンカーなどがある。
博物館 大和ミュージアム観光
戦艦大和の他にも、大和ミュージアムでは戦艦陸奥の主砲や人間魚雷「回天」の実物など戦争について考えさせられる貴重な展示品を見ることもできる。戦艦大和のたどった運命、乗務員の遺書や遺品なども興味深い。大和ミュージアムは、この戦艦大和を生み出した造船の町呉の戦後の歴史を紹介する資料などもあり、とても充実した呉ならではの博物館である。
大和ミュージアムは、映画「男たちの大和/YAMATO」のロケ地でもあり、この10分の1戦艦大和は、映画の合成素材としても使用されている。
大和ミュージアム 10分の1戦艦「大和」の説明より
旧制中学に通っていた昭和15年頃、私は呉工廠周辺の夜空が紅々と照らされるのを見た。それは熱い鉄の輝きそのものだった。そして、鋼を叩く機械の音は深夜まで続いた。
まもなくして巨艦「戦艦大和」は呉湾に姿を現した。その堂々たる光景は、今なお私の瞼に焼き付いて離れない。
どうか忘れないでほしい。
世界一の戦艦「大和」が我々の郷土、呉の地で生まれたことを。
誇りに思ってほしい。この呉をいうまちを。
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