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スケールの大きな復元遣唐使船

呉観光 倉橋島復元遣唐使船

広島県呉市倉橋町にある長門の造船歴史館の目玉は、なんといっても1200年以上も前の姿が見事に復元された朱塗りの遣唐使船。17mの帆柱をもち、長さ25m、幅7mにも及ぶ大きなスケールの復元遣唐使船。

       

復元遣唐使船

この復元遣唐使船は平成元(1989)年に地元倉橋町の船大工が杉や檜などの素材で建造したもの。当時の設計図など残っていないため、絵図や書物を参考に造られた。奈良時代から平安時代にかけて派遣された遣唐使船の大半はここ倉橋島(船舶の要路寄港地として栄え、古くは長門島と呼ばれていた)で生まれたといわれるほどの素晴らしい技術が今も残されている。

復元遣唐使船は、1998年度に広島市で開催された「海と島の博覧会」で実際に展示されていたもの。和船と西洋船との最大の違い「隔壁で船内部を区切る和船特有の構造」で造られている。長門の造船歴史館はコの字型の鉄筋コンクリート造の建物になっていて、中央のオープンスペースに巨大な遣唐使船が展示されてあり、桂浜の海を背景に遣唐使船を見ることができる。

歴史ロマンに触れる観光の見所

遣唐使船の中には、実際に入って見学することもできるようになっています。船の甲板にあがると、当時船室として使われていたという宮造の個室があります。こちらには、位の高い人のみが利用できたそうで、その他の留学生や留学僧、通訳など人は船の甲板で寝起きもしていたそうです。しかし、このスペースに100人以上が乗船していたというから、寝るスペースなんて無いのではと心配にもなりました。

当時は、船を航路通りに運航させることは困難だったため、上手に漂流するというイメージだったそうです。ひどい時は1ヶ月近くかかったそうで、航海がどれだけ大変だったかが分かる。余談だが、長門の造船歴史館で展示された資料「遣唐使船に積まれた品物」に経典とあったが、当時は中国から書物などの持ち出しは禁止されていたため、必要な書物は全て手描きで写されていたそうだ。

この復元された遣唐使船の建造過程は展示室にて映像で見ることができる。また、遣唐使船は、海に降ろす事が出来るような構造になっていました。

遣唐使船の帆。今のように布が利用されていたのではなく、竹を編んだ帆(網代帆)が利用されていた。

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