目の前の人が、急にのどに物を詰まらせて苦しそうにしはじめました。
さて、このような場面に出くわしたとき、あなたはどのように対処すべきか知っていますか?
窒息した人の命を助けられるかどうかは、まさに時間との勝負だといわれています。
その人のチョークサイン(両手の親指と人差し指で喉を抑えるという世界共通の窒息の合図)に気づき、救命処置を施すまでをたったの数分間で行わなければならないのです。
今までは、窒息事故の対処法というと、すぐに救急車を呼び、背後から腕を回して、腹部を突き上げるようにして横隔膜を圧迫する「ハイムリック法」という応急処置を行うのが一般的でした。
しかし、そのやり方は見直され、2006年から変わりつつあります。
どうやらハイムリック医師による策略に多くの人が惑わされてきたために、長い間、他のやり方が見失われていたようです。
ここでは、窒息事故が起きた場合の正しい対応方法「背部叩打法(はいぶこうだほう)と腹部突き上げ法によるファイブ・アンド・ファイブ」について、米国赤十字社による新しいガイドラインをもとに分かりやすく紹介します。
窒息時の最善の対応方法だと信じられていた「ハイムリック法」
気道をなんらかの異物がふさいで引き起こされる窒息事故には、1974年に医師ヘンリー・ハイムリック氏によって紹介された「ハイムリック法」と「背部叩打法(はいぶこうだほう)」と呼ばれる2つの対応方法がありましたが、背部叩打法に関しては、長い間危険を伴う可能性があると信じられてきました。
しかし、近年、ハイムリック法が必ずしも最善の応急処置法ではなく、「背部叩打法」も同様に、有効な手段になり得るといった考え方が世界的に受け入れられるようになったのです。
それどころか、現在は、オーストラリアなど一部で、ハイムリック法による対応は科学的根拠が明確ではなく、かえって腹部の臓器を傷つける恐れがあると推奨していない国もあります。
また、乳幼児や妊婦に行うことは禁止されています。
なぜ「背部叩打法」はあまり浸透しなかったのか
以前は、「背中を叩く」行為によって、異物が気管の奥深くに余計に入ってしまうためによくないと考える人が多かったようです。
しかし、それは、ヘンリー・ハイムリック医師がハイムリック法を広めるために長期にわたって浸透させてきた理論だったのです。
ヘンリー・ハイムリック医師の一番下の息子ピーター氏によると、「ハイムリック法を見出した父(ヘンリー氏)は、背部叩打法を「致死的な打撃」だと公然と非難し、長い年月をかけて信頼性を傷つけることに努めてきた」と述べています。
ヘンリー氏は、背部叩打法に関する80年代の研究にも資金を提供しており、「窒息による犠牲者を助けるどころか、より一層傷つけてしまう」といった虚偽の報告を促していた疑いもかけられています。
しかし実際には、ハイムリック法と背部叩打法のどちらの応急処置方法がより効果的なのかを裏付けるような価値ある科学的な根拠は現段階ではないようです。
窒息時の救命処置法が変わる
いうまでもなく、ハイムリック医師の疑問の残る言動は問題となり、2006年、米国赤十字社の応急処置法のガイドラインに大きな変化をもたらしました。
それまで、米国赤十字社は、20年間にわたって、窒息の処置法としてハイムリック法のみを推奨してきましたが、「ハイムリック」という言葉を削除し、「腹部突き上げ法」と改名したのです。
そして、窒息による被害者の命を救うために推奨している応急処置方法を下記で紹介する「ファイブ・アンド・ファイブ」と呼ばれる2段階のプロセスに変えました。
窒息の正しい応急処置方法
異物が気道をふさいでしまう窒息事故は、呼吸ができなくなる状態が続くと、最悪な場合、窒息死にいたります。
しかも、酸素が各器官に送られない時間が長ければ(約3、4分)、それだけ脳などの内臓組織に後遺症が残る可能性も高くなってしまうので、応急処置は、まさに時間との勝負なのです。
基本的には、胸腔内に空気の圧力がかかるように押して、気道から異物を取り除く2つのステップを踏んだやり方で対処していきます。
手順(優先順位)について
周囲に人がいる場合は、119番通報をしてもらい、自分はすぐに救命処置に入りましょう。
そのとき、喉を詰まらせた人がパニックに陥ることが多いので、今から助けることを伝えて落ち着かせてあげてください。
なかには、無理に咳をしてもらうだけで異物が取れることもあるので、最初に強制的に咳をしてもらった後、下記の手順に移ります。
ステップ1. 「背部叩打法」5回
背後から患者の胸元を抱きかかえるように片手をそえて、反対の手のつけねで、左右の肩甲骨の中間地点を異物が出てくるまで強く叩きます。
これは、背後から叩くことによって(抱えている手と叩く手の)前後から圧力をかけて、気道の異物を出す方法で、「背部叩打法」と呼ばれています。
もし、5回強く叩いても、窒息状況が改善しない場合は、次のステップに移ってください。
ステップ2. 「腹部突き上げ法」5回
まず、患者の背後に回り、片手で握りこぶしを作って、親指をへそとみぞおちの中間点くらいにあてます。
そして、反対の手で、握りこぶしを包み込みます。
横隔膜を上側に持ち上げるようにしてグっと腹部を突き上げて圧迫します。このとき、肋骨(あばら骨)が圧迫されると骨折する危険性があるため、必ず胸骨ではなく、横隔膜を圧迫するように注意してください。
この対処法によって、肺が圧迫されて、気道の異物が空気圧によって出てきやすくなります。
5回行っても状況が改善されない場合は、ステップ1に戻って繰り返してください。
患者が意識不明状態になったときの対処法
患者が意識を失ってしまった場合、酸素欠乏状態にならないように、すばやく人工呼吸を行い、胸部を圧迫します(以下CPR(心肺蘇生法)と記す) 。
CPRのやり方
- まず、患者のアゴを上げて、頭を後方に傾けて軌道を確保します(空気の通り道を作る)。
- 鼻をつまみ、患者の口を全てふさぐようにして約1秒間息を吹き込みます。その後、心臓マッサージを約5cmの深さで、強めに速く30回行います。
- 異物が見えてきたら、指で取り出します。異物が見えないときは、決して無理やり手を突っ込んで取ろうとしないでください。
息を吹き込むことによって胸腔内の圧を高めると異物が出てくる可能性があります。
もし、息を吹き込んでも(気道の異物が妨げとなって)胸元が膨らまない(上がらない)場合は、再度繰り返してください。
CPRによる生存率はそれほど高くはない現実
アメリカの病院での心肺停止18,000ケースを調査したところ、CPR後に実際に命が助かった成人はたったの28.5%であることが分かりました。
それに比べてテレビで紹介されている生存率は非常に高いものです。
たとえば、アメリカのテレビ番組「Dr.HOUSE」では、CPRを受けた人の生存率を70%と紹介しています。この2倍以上にも及ぶ生存率の差が生じている一方で、ほとんどの人がテレビからの情報を信じているという現実もあります。
ある研究では高齢者の4分の1が、CPRによる生存率を90%だと信じていることも分かりました。
CPRにはリスクもあるが必要性が高い
CPRは、心臓が止まった人に対して人工呼吸によって空気を肺に送り込んだ後、心臓を押すことで脳まで酸素の供給を継続するために行われます。
その過程で、心臓が再び動き出す可能性も考えられます。
しかし一方で、実際に心臓マッサージを行ったことによって、肋骨や肺など心臓周辺の器官を損傷するケースもよくあります。
なぜなら、心臓をとりまく胸郭は、肺や肝臓など他の器官も一緒に囲んでいるためです。
また、肋骨は、5cmも胸部を押す心臓マッサージのような圧迫に耐えられるようにはできていません。
このようなリスクはありますが、CPRを行わないとさらに状況は悪化するでしょう。
心臓が止まってから6分後には脳細胞が死んでいきます。それまでに適切な処置を受けないと、酸素の欠乏によって永久的な脳損傷を受けることになるのです。
実際にCPRを受けた生存者の3分の1はある程度の脳損傷を受けることが中国の研究でも分かっています。
窒息は、時間との勝負です。早く行動できれば、その人の人生を救える可能性が高くなることを心にとめて、落ち着いて対処してください。
参照元:
・The best way to save a choking victim is no longer ‘the Heimlich’
・What TV Shows Get Wrong About CPR