ナポレオン、ヒトラー。
この2人の共通点は、ロシアの奥深く、首都モスクワまで攻めいったにもかかわらず、戦いにで敗れている点。
1812年 ナポレオンはモスクワへ。
1941年 ヒトラーは対ソ連戦、バルバロッソ作戦へ。
両者とも、情勢的にとても勢いのある状態で攻め入ったにも関わらずです。
どうやらそこには、「ロシアの冬に負けた」という言葉だけでは語りつくせない共通の敗戦要因が隠されているようです。
ナポレオンも、ヒトラーも、短期決戦の見込みがはずれた時が勝敗の分岐点。
では、どうすれば勝利をおさめることができたのでしょうか?
以下の主に考えられる敗戦要因から、新たな視点で戦略を考えてみるのもおもしろい発見があるかもしれません。
ここでは、なぜナポレオンとヒトラーがロシアに勝てなかったのか、「ロシアの冬」だけではない敗戦要因について動画をもとに紹介します。
短期決戦前提の装備
世界最大の国土、巨大な人口をもつロシア(当時のソビエト連邦)との戦い。1941年、ドイツはイギリスやアメリカとの戦争も続けていました。
ロシアとの戦争が長引くにつれ、兵力の補充、馬や車両、運べる物資、資源、同盟国の支援など短期決戦前提の装備は不足していきます。
ロシアの広大な戦域、広い後方地域、再編成できる部隊に対抗するための物資の総量と輸送の回転率は低下。
鉄道と車両の改修、長い補給線、前進し、前線が遠くなればなるほど軍隊を支える仕事や負担は増える一方。
何度も包囲し、膨大な捕虜を取ったにも関わらず、ソ連の戦争継続能力を短期間で奪えなかったのです。
必要な物資や講和を得られず、戦争を終わらせることはできませんでした。
時間がたてばたつほど、兵士の健康状態は悪くなり、馬や車両などの輸送力は低下、食料は減り、装備は不足、そして、そこに追い打ちをかけたのが、「ロシアの冬」。
大戦中、ロシアは、総人口の約13.7%に相当する約2,660万人もの人口損失を被ったにも関わらず、広大な国土と厳しい気候を味方に粘り強い防衛戦を繰り広げることができたのです。