包帯の代わりに苔で傷口を覆うと、血液を吸収して、バクテリアの繁殖を抑え、無菌に近い環境を作り出す効果があると考えられています。
ほとんど知られていませんが、苔には、自らが生き延びるため、また、外敵に食べられないようにするための化学物質が数多く含まれているのです。
それを活用して、第一次世界大戦中は、負傷した兵士の傷口を塞ぐために苔が使われていました。苔に含まれている物質は、前線でたくさんの命を救ったのです。
今回は、科学者たちが発見した「苔に隠されたのパワー」について紹介します。
苔(コケ)は戦時中包帯の代わりだった
苔に含まれるステロールは、温度変化を急激に受けたときに合成が誘発され、苔が環境変化に適応するのに役立ちます。
アミノ酸は、窒素の消費を促進し、抗酸化物質は、環境中のストレス要因に対処するのに役立ちます。
第一次世界大戦では、ミズゴケが大きな役割を果たしました。
戦時中、イギリス軍にとって、十分な包帯を確保することは重大な課題でした。
従来、包帯に使われていた綿毛の多くは、火薬の代わりに使われる無煙で燃えやすいガンコットンの製造に転用されていたため不足していたのです。
英国の医師たちは、傷口を清潔に保つための包帯や滅菌用品を十分に手に入れることができなかったため、兵士たちの傷は感染しやすく、死にいたる敗血症を引き起こしていたのです。
そこで包帯の代わりに活躍したのがのが苔(コケ)でした。
苔は傷を覆うのに使う貴重な資源
ドイツでは、すでに傷を覆う包帯の代わりに苔(コケ)が使われていました。
苔は、やがてイギリス軍でも使われるようになりました。
飛行機のような新しい技術が発達した戦争にはそぐわないと思われるかもしれませんが、苔は何百年も前から傷口をふさぐのに使われていたのです。
苔はドイツでもイギリスでも自然に豊富に生育しているので、戦時中に活用できる資源の一つとなるのは必然的なことでした。
ミズゴケが活躍した理由の一つは、その驚異的な吸収力にあります。
ミズゴケは血液の吸収力に優れていた
苔は90%が植物の死骸(細胞)で、その枯れた細胞が重量の22倍もの液体を吸収するのです。
実際に、兵士の傷口から滲み出てくる血液などを吸収する能力は、綿の包帯や絆創膏よりも優れていたようです。
酸性の無菌環境をつくるミズゴケの仕組み
ミズゴケが包帯として成功したもう一つの理由は、酸性の無菌環境を作り出すことです。
苔の細胞壁は酸性化合物でできています。
乾燥重量の最大30%までがウロン酸です。酸性である苔の細胞壁にはたくさんの水素イオンがゆるやかに結合しています。
ゆるい化学結合でしかつながっていないので、この水素イオンは周りの環境にある他の正電荷のイオンと簡単に入れ替わります。
そして、その環境、例えば土や傷口の中には、ゆるやかに結合した水素イオンが過剰に存在することになり、環境は酸性に傾きます。
泥炭地はミズゴケで満たされているので、この酸性化プロセスが遺体などの保存に適しているといわれる理由のひとつにもなっています。
苔はバクテリアの繁殖を抑える
ミズゴケの酸性は、無菌状態の環境を作り出して、バクテリアの繁殖を抑えることができます。
実のところ、この酸性度は、苔の殺菌性が与える恩恵の一要素に過ぎません。
先程、苔には、生きていくために必要な化学物質がたくさん含まれているといいました。
苔には苔自身の生存に役立つ物質が数多く含まれていますが、それだけでなく、人間の場合にも細菌やウイルス、さらにはガンの増殖を防ぐ効果があると考えられています。
研究者たちは、これらの化合物を抽出し、それらが大腸菌、バシラス菌、シュードモナス菌、スタフィロコッカス菌など、複数の細菌の増殖を防ぐことに成功したことを示しました。
バチルスやスタフィロコッカスの感染症は、第一次世界大戦中に特に多く見られた感染症です。
塹壕戦(銃砲撃から身を守るために掘られた穴で戦う)が長期にわたり、兵士が体を洗う機会がほとんどなかったからです。
苔は再生可能な資源
戦時中、イギリス、カナダ、アメリカでは包帯の需要が急増し、苔取り活動が盛んに行われました。
1916年だけでも、オンタリオ州は苔だけで作られた数百万個の包帯を提供しました。
1918年には、月に100万枚の苔の包帯がイギリスからヨーロッパやその他の国々の病院に送られていました。
苔の包帯は兵士の傷を癒すだけでなく、再生可能な資源でもありました。
苔は近くの沼地から採取でき、その下の泥炭を壊さない限り、また生えてくるからです。
実のところ、苔は植物の中でも最も古く、最も多様な系統の一つであるにもかかわらず、あまり研究されておらず、理解もされていません。
私たちにできることは、彼らをよく理解し、守ることなのかもしれません。