実は、擬死(死んだふり)をする動物は、常に周りを観察しているって知っていますか?
捕食や交尾、身を守るためなど擬死行動の目的はさまざまですが、相手がその秘密を知らない限り、死んだふりは動物にとって有利に働くことが多いようです。
以下に、とても危険で、奇妙なサバイバルテクニック「死んだふり」を進化させた動物の生態について紹介します。
そもそもなぜ、どのようにして動物は動かなくなるのでしょうか?
危険で奇妙なサバイバルテクニック「死んだふり」
世にも恐ろしい肉食動物を前にすると、私たちはあまりの緊張状態から動けなくなってしまいます。
しかし、動物たちの中には、このような状況で捕食者から逃れるためにあえて「死んだふり」をする生き物がたくさんいます。
え?倒れて死んだふりをしていると、かえって襲われてしまうのではないの?
たしかに危険な気がしますね。
では、それぞれの生存戦略としての死んだふりについてその効果をみていきましょう。
死臭まで出して死んだふりをするオポッサム
この生き残り戦略を最も得意とするのが「オポッサム」。
オポッサムとはカンガルーと同じようにおなかに袋をもつ有袋類(ゆうたいるい)の仲間です。
彼らの「死んだふり」は、死臭まで出すというすさまじい演技で、全く動かなくなるだけでなく、舌を出し、よだれを垂らし、肛門腺から悪臭を放つ液体まで滲み出させます。シシバナヘビに関しては、死臭だけでなく、血を吐くこともあるようです。
基本的に捕食者は、死んだ動物を食べようとしないため「なぁんだ、死んでいるのか」と判断すると、攻撃の手を緩めて立ち去ります。
10分後、オポッサムは何事もなかったかのように生き返り、楽しげに歩きだすのです。
実のところ、生き残りをかけた戦略として「死んだふり」をする動物は、キツネザルからトカゲ、アリから両生類、サメからニワトリまで何百種も存在します。
そして、この防衛戦略は、死んだふりが得意なオポッサムにちなんで英語で「play possum(オポッサムのふり」や「thanatosis(擬死、タナトーシス)」と呼ばれています。
thanatosisは、古代ギリシャの死の神タナトスからきたもの。
彼らは、死んだふりをすることで、自分の体は何か危険な菌に感染しているといった何らかの悪いイメージを示すのです。
擬死(ぎし)行動の目的
ほとんどの科学者は、動物の擬死行動を「トニック・イモビリティ(動物催眠)」と呼び、それがなぜ、どのようにして起こるかは動物の種類や状況によって異なると考えています。
悪臭を放ったり、奇妙な姿勢を取ったりする動物は多く、それらはしばしば以下のような重要な役割を果たしているようです。
仲間を犠牲にして身を守る擬死
ネコに追われたウズラの雛は、仲間が必死で逃げ回るなか急に動かなくなります。
まるで動くものに反応して追いかけるネコの習性を知っているようですね。
実際に、ネコに追われているときは、動かない方が生き残れる可能性が高いと考えられています。
ネコといえば、母ネコは子ネコの首をくわえて、クリップノーシスという別の種類の無動状態を誘発することができます。
これは、子猫をおとなしくさせ、運びやすくするため。
なぜ動かなくなるのか
このような行動の根底にある生理学的メカニズムのほとんどは、副交感神経系に由来します。
副交感神経系は、睡眠や消化サイクルを制御することで知られています。
ポッサムの場合、副交感神経の働きによって、「死んだふり」をする間、心拍数は約半分(46%)まで落ち、呼吸数は3分の1(31%)に、体温は最大1時間にわたって0.5度以上低下。
また、神経伝達物質であるドーパミンも関係し、コクヌストモドキのようなドーパミンの量が少ない甲虫は多い甲虫に比べて死んだふりをする頻度が高く、ドーパミンの受容を阻害するものがあると擬死状態が長引く可能性があると考えられています。
擬死状態中の動物たち
しかし、死んだふりを続けるのは簡単ではありません。
演者たちは、危険が去ったか、動いても大丈夫かを探るため、常に周囲の環境を観察しています。
たとえば、研究者は、ニワトリが、捕食者の視線が自分に向けられるとそれを感知することができることに気づきました。
タカのぬいぐるみを使った実験では、タカの目をそらすと、ニワトリはすぐに擬死状態から抜け出したためです。
エサをおびき寄せるための擬死
擬死状態を身を守る以外の目的で使う動物もいます。
スリーパーシクリッドという魚は小腹が空いたとき、湖底に沈んで動かなくなります。その姿は、斑点のような体の色合いから、まるで腐った死骸のようにも見えます。
そこへ、死骸を食べる小魚が近づくと、このアンデットペテン師が襲いかかってくるのです。
なんと彼らはエサを引き寄せるために死んだふりをして、じっと襲い掛かる瞬間を待っていたのです。
交尾のための擬死
動物によっては、死を装って交尾を行う種もいます。
オスのキシダグモは、メスを誘うために昆虫を糸で包んだものをプレゼントして求愛します。
しかし、そのメスは求愛してきたオスを食べてしまうことで知られています。
メスがプレゼントのおやつを夢中で食べている間に死んだふりをすることで、オスは慎重に生き返り、交尾に成功する確率を高めることができるのです。
つまり、擬死行動は、他の誰かがその秘密を知らない限り、動物にとって有利に働くことがあるのです。
相手を擬死状態にして捕食する生き物
サメは、呼吸するために泳ぎ続けなくてはなりません。
それを利用したカリフォルニアのシャチは、ホホジロザメの子どもをひっくり返して長時間擬死状態にし、サメを窒息死させてから捕食する戦略をとっています。
実のところ、人間もサメを擬死状態にすることができます。
電気に敏感だといわれるサメの鼻をなで、注意深くひっくり返せば、最長15分まで擬死状態を維持することができるようです。
この時間は、研究者らが、サメの体内にタグの挿入したり、フックを取り外したりと、手術に十分な時間。
しかし、リスクもあります。擬死状態はサメの呼吸を妨げ、ストレスの兆候である高血糖を誘発する可能性があるのです。
そのため、この方法は必要な場合にのみ使われています。
動物の擬死状態への研究は人間の行動心理への理解にも役立つ
また、人間でも、暴漢に襲われたときや凶暴な動物に出会ったときなどに、恐怖で固まったときに擬死状態を体験することがあります。
このような原始的な無意識の自己防衛反応について知ることは、人が危険に直面したときに、逃げも戦いもしない被害者がいることを理解するうえで、大切なことを教えてくれます。
つまり、人間以外の動物の擬死状態を研究することは、動物の奇妙な行動を理解するだけでなく、私たち人間が暴力に対して時に直感に反するような反応をしてしまう理由への理解を深めるのにも役立っているのです。