小さなヘリコプターのようなホバリング(空中で停止した飛行状態)で、後ろ向きに飛ぶ昆虫は何だろう?
スズメバチのような派手な背中、大きな複眼の目…。
世界中で6,000種もの種類があるといわれる「ハナアブ」です。
彼らの特徴ともいえる大胆な縞模様や、ふっくらとした毛むくじゃらの体は、スズメバチやハチのように見えますね。しかし、それはハナアブ達が生きていくための策略に過ぎず、彼らは危険な生き物ではありません。
捕食者がハナアブを食べようとすると、顔中に針を刺されるかもしれないと思わせるための戦略なのです。
見た目は名前通りアブのようですが、実は、ハエの仲間(ハエ目)で刺される心配はありません。
このようなハッタリ戦略はベイツ型擬態と呼ばれるものです。
今、このハナアブは、私たちのオレンジの救世主として大活躍しています。
以下に、ハナアブがどのようにしてオレンジを守っているのか、その興味深い生態をもとに紹介します。
ハナアブは花の受粉を助ける「花粉媒介昆虫」
あたたかな日、背中に複雑な模様がある種のハナアブが、南カリフォルニアの花畑で、卵を産むために栄養となる花粉を食べていました。
香りのよいアリッサムの花が大好きで、花から花へ飛び移りながら受粉しています。
よく観察してみると、ホバリングをしながらの花への着地がとても正確なことに驚かされます。
大きな複眼は、捕食者のかすかな動きをとらえ、空腹のカニグモが寄ってきてもホバリング技術によってすばやく逃れることも朝飯前。
花粉でおなかをいっぱいにした後、ハナアブのメスはその細く、しかし強力な触角で、卵を産むのに最適な場所を探し始めました。
すると、ミカンキジラミと呼ばれる小さな羽虫がたくさんいるオレンジの木の枝を発見。
さっそくその大群の横に、ホバリングをしながら卵を産み付けます。
ハナアブの幼虫は、アブラムやミカンキジラミなどを食べる種が多いため、卵から幼虫が孵るとたくさんのごちそうが用意されているというわけです。
オレンジを病気から守るハナアブ
オレンジ栽培農家は、破壊的な細菌を唾液腺から撒き散らすミカンキジラミを嫌います。
この細菌におかされたオレンジの木は、「カンキツグリーニング病」と呼ばれる植物病にかかり、ジューシーな美しい果実の代わりに、青くて苦い果実を作り、やがて枯れてしまうのです。
そこで、カリフォルニア大学リバーサイド校の科学者、ニック・アーヴィンさんは、オレンジ畑にアリッサムを植え、ハナアブを誘引しようと試みました。
アリッサムについたハナアブの幼虫が、オレンジの木にいるキジラミを狩ってくれるからです。
しかし、キジラミには強い警備隊がいます。アルゼンチンアリです。
アルゼンチンアリは、キジラミのフンを食べるため、ハナアブの幼虫を遠ざけようと威嚇します。
しかし、観察を続けると驚くことが起きました。
大きなアリに、ハナアブの幼虫が噛みついたのです。アリに口を食い込ませて、なんらかの毒らしきものを注入。
さらに、アリを食べようとするのか、少し味見もしたようです。
実際には、すぐにやめて、キジラミを優先して食べ始めました。
1匹のハナアブの幼虫は、サナギになるまでの1週間でなんと400匹以上のキジラミを食べ尽くすといわれています。
そして、その大食漢は、あなたと私のオレンジを守り、増殖することを意味するのです。