地球上で最も生物多様性に富んだアマゾン。世界最大ともいわれるこのアマゾンの熱帯雨林は一体どうやってつくられたのでしょうか?
実は、アマゾンの森林構造の中心となる顕花植物(種子植物)の繁栄は、恐竜を絶滅させた小惑星の衝突のおかげだったと考えられています。
ここでは、今日の私たちが知る植物の楽園が、なぜ、どのようにつくられたのかについて分かりやすく紹介します。
アマゾンを最も多様な生態系にしている力の源とは
南米のアマゾンの熱帯雨林は植物の楽園です。
緑豊かな大地には、約10,000種の動物が生息しているだけでなく、少なくとも14,000種の植物も生息しています。
その数は50,000種にも上るかもしれません。
そのため、アマゾンは、実質的に大陸全体の気候を制御していると考えられています。
そして、アマゾンを地球上で最も多様な生態系にしている驚くべき力は、そびえ立つカポックの木から小さくて派手な蘭まで、その植物のほとんどが顕花植物(種子植物)であることによって可能になっているのです。
大きな木々が密集した上層林を形成し、厚く閉じた葉の天蓋が日光のほとんどを遮ります。
その下の豊かな林には、暗闇でも生い茂るように進化したさまざまな小さな木や低木があります。
しかし、昔からこうだったわけではありません。
昔のアマゾン
昔、私たちが現在アマゾンとして認識している風景は、実はまったく違って見えました。
おそらく、そこに生息する植物の半分は顕花植物ではなく、主にシダ植物と、針葉樹、糸杉、ソテツを含む裸子植物で構成されていたでしょう。
数百万年もの間、これら二つのグループ(顕花植物と、顕花植物以外のシダや裸子植物)は、その地域全体の支配権をめぐって対立し、不安定なバランスを保ってきました。
では、顕花植物が優勢となり、今日私たちが知っているアマゾンが作られたのはなぜでしょうか?
そして、この変化はどのくらいかけて起こったのでしょうか?
アマゾンの植物革命はたった1日で
さて、アマゾンの革命全体がたった1日で始まったいうとあなたは信じられますか?
そして、顕花植物の征服に一役買ったと考えられる動物のグループ、つまり恐竜にとって、それは非常に運命的な日となったでしょう。
進化の時間の観点から見ると、顕花植物は新参者です。
陸上に生命が存在し始めてからずっと(およそ4億7000万年)植物は主にシダ植物、裸子植物、そしてさらに古いヒカゲノカズラ科の植物で構成されていました。
顕花植物は、約1億3500万年前まで化石記録に現れません。
その歴史の最初の数百万年は、それらは単なる小さな低木であり、その多くはおそらく水生植物でした。
その後、7000万年以上前にアマゾンの植物たちの壮大な戦いがピークに達した頃には、顕花植物は多様化し、広がっていきます。
そして、現在のコロンビアにあたる地域の白亜紀の森林では、これらの花を咲かせる植物が既知の植物種のほぼ半分を占めていましたが、それでもまだ非開花植物との競争に勝つことはできませんでした。
大きなきっかけとなった小惑星の衝突
しかしこの勝負のつかぬ戦いは、約6600万年前のある日、突然崩れました。
ちょうどその頃、メキシコ沖で小惑星の衝突が起こり、現在「白亜紀と古第三紀の間の大量絶滅」と呼ばれている現象が引き起こされたためです。
その衝突の衝撃で何兆トンもの岩石が蒸発し、破片が大気圏に飛び出して世界中に降り注いだと考えられます。
再突入によって非常に高い熱が発生し、地表温度は1時間以内に数百度も上昇し、世界中で山火事が発生しました。
炎を逃れた植物は、空にかかる厚い塵、すす、エアロゾルの柱によって日光が遮られていきました。
これは多くの動物、特に生きるために大量の食料を必要としていた巨大な恐竜にとっては最悪の知らせでした。
しかし、この衝撃によって絶滅した主要な植物群はありませんでした。何年も条件が改善するまで待つことができる回復力のある胞子と種子のおかげです。
小惑星の衝突で森林の構造が変化
しかし、南米を含む生態系とその中で植物が相互作用する方法はリセットされました。
これが分かったのは、研究者たちが20年かけて、現在のコロンビアにある39か所の異なる場所から大量の化石を研究したからです。
彼らは、小惑星衝突の前後の植物の化石を含む場所から何千もの葉、胞子、花粉粒を苦労して特定しました。
そして衝突前の場所では、シダ植物と裸子植物が植物多様性の52%を占め、顕花植物が48%を占めていたことがわかったのです。
つまり、宇宙からあの大きな岩がやってくるまでは、両者の力はほぼ互角でしたが、衝突後の遺跡の化石から、被子植物の多様性が48%から84%に急増したことが分かりました。
肥料となるリンが大量に放出
さて、小惑星の衝突によって何百万年も存続してきたシダ植物や裸子植物、そして顕花植物の間のバランスはなぜ、どのように変化したのでしょうか?
一つの説明としては、衝突による灰が最終的に沈殿した際に、巨大な肥料爆弾に相当する何トンものリンが陸地に放出されたというものです。
大量の肥料を与えることは、最終的には多くの裸子植物の絶滅を早めてしまった可能性があります。
なぜなら、ほとんどの裸子植物は、水を効率的に利用し、ゆっくりと成長することで、栄養分の少ない環境で繁栄するからです。
つまり、余分なリンのおかげで、成長の早い被子植物に競争上の優位性がもたらされたのです。
マメ科植物の多様化
そして、裸子植物は、意外なところからもう一つの打撃を受けたようです。
それは、絶滅直後から多様化し始めたマメ科植物です。
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マメ科植物は被子植物であり、根に共生細菌がいて、植物自身ではできない大気中の窒素を吸収することができます。
そして、窒素はほぼすべての陸上生態系において限られた栄養素であるため、独自の肥料を作ることができるようになったことで、マメ科植物は急速に多様化することができ、一方で裸子植物は減少し続けました。
恐竜の絶滅が植物に与えた影響
そして、考慮すべきもう一つの要素がありました。それは恐竜です。
衝突後、世界中の森林が再生したとき、そこに生息していた恐竜は目立って姿を消していました。
そして彼らの絶滅の影響は、特にアマゾンにおいて、その後に続いた生態系に徐々に広がっていきました。
衝突以前は、大型の草食恐竜が低木を踏みつぶして、高い木の葉をむさぼり食って林冠に隙間を作り、裸子植物やシダ植物にちょうどよい環境を提供していました。
しかし衝突後、恐竜は存在しなくなります。
まず研究チームは、化石の葉の維管束組織の密度を調べました。
開林冠と閉林冠の違い
森林が開林冠(樹冠同士が触れ合わず林床に光が届く)なのか、閉林冠(樹冠が連続した日陰の層を形成する)なのかを知るためです。
直射日光の下で生育する植物は、葉を通して水分や栄養分を運ぶ厚い葉脈の網目構造を持つ傾向があります。
しかし、日陰で生える葉には、より均等に広がった維管束組織があります。
次に、研究チームは化石中の炭素同位体の比率を調べました。
植物が生育する森林の種類(開けていて風通しが良い森林か、閉じていて湿気が多い森林か)や森林のどこで生育するかによって、その葉の炭素同位体比は異なります。
閉鎖林冠林では、葉がさらされる二酸化炭素、水、光の量の違いにより、上層林冠と暗い下層林の間で炭素比率に大きな差が生じます。
しかし、開けた林冠林では、林冠と下生林の同位体比はより類似しています。
したがって、この2つの手がかりから、研究者たちは衝突前の遺跡が主に開樹冠林であり、シダや裸子植物が生育できる明るく開放的な空間に満ちていたと判断することができました。
しかし、恐竜が絶滅した後、衝突後の遺跡は急速に、現在のような閉樹冠アマゾンの森林に変化しました。
そして、こうした閉鎖林冠の森林では、顕花植物が裸子植物の競争相手よりも大きく成長し、裸子植物にとって日陰が多すぎる環境を作り出しているのです。
結論:小惑星の衝突が顕花植物に有利に働いた
つまり、小惑星の衝突によって地球に肥料爆弾が投下され、非鳥類型恐竜が絶滅しました。
もちろん、シダ植物や裸子植物は現在でも存在してますが、これによって、多くの裸子植物が依存していた環境条件が変化し、一部のシダ植物は減少。
恐竜のおかげもあって、バランスは主に顕花植物に有利に傾きました。
最も大きな要因は、それらを絶滅させた小惑星の衝突です。
顕花植物の支配への道が開かれたのは、大量絶滅のおかげだったようです。
アマゾンの熱帯雨林がどのようにしてできたのかは以下の動画で見ることができます。