もし人間の男性が、ハイエナのオスに生まれ変わってしまった場合、おそらく人生は、悲惨そのものとなってしまうでしょう。
なぜなら、オスとして生まれたハイエナにとっては、幼少期こそが、人生の頂点であり、唯一で限られた「最も輝かしい時期」だといわれているからです。
ハイエナの幼少期は、性別に関係なく、群れにおける母親のランクによって階層が決まり、食べ物も寝るところもすべてまともなものが用意されます。
しかし、オスにとっては、この栄光の時期は長くは続きません。
一般的に、ハイエナのメスは、近親交配を避ける自然ななりゆきからか、自らが育った群れのオスと結ばれるのを好みません。
そのため、オスは大きくなると、群れを離れて、自分の相手を求めて孤独で危険な旅に出ます。そして、そこからはただひたすら傷みや飢えに耐え忍ぶ人生が待ち構えているのです。
ここでは、ハイエナの奇妙な階層社会やオスの生涯について、動物学や生態学、進化生物学を学び、博士号を取得したケイト・ヨシダさんが、実際にケニアで研究したことを中心に分かりやすく紹介します。
ハイエナのオスの群れでの階層
一般的に、ほ乳動物のオスは、大きくなると、新たに繁殖の相手を求めて生まれ育った群れを離れ、孤独で危険な旅に出ることがよくあります。
他の群れへの移動は、野生動物にとっては、トップに躍り出て社会的地位を高めるチャンスでもあるのです。
しかし、ハイエナの場合はそうではありません。
彼らは、新しい群れに入る前から攻撃的な嫌がらせを受けたうえに、たとえ新メンバーとして受け入れられたとしても、群れでの階層は最下位になります。
そうなると獲物のおいしそうな部位は、最下位のオスのところまで残ることはなく、砕かれた骨をほそぼそと食べるだけの日々です。
上の階層にのしあがる唯一の方法は、自分より上のオスが死ぬか、新たなオスが下に加わるのをただ忍耐強く待つのみです。
ハイエナの社会ではメスが優位
ハイエナの社会は、オスがメスに属すという他のほ乳動物にもあまり類のない奇妙な序列関係をもちます。それは、オスがメスの上に立つことのない女性優位の階層社会です。
イルカでもシカでも、ほとんどのほ乳類はメスよりオスの方が大きいのに比べて、ハイエナの場合、オスよりメスの方が大きくて重たいのです。
これはおそらく、子孫を残す役割を担うメスが、餌の奪い合いで勝ち残り、種を残すためのエネルギーを確保するためだと考えられています。
ハイエナのオスの人生
ハイエナのオスは、群れの決断や繁殖活動の権限を一切与えられていません。
これほどの厳格な階層構造をもつ社会的なほ乳類は、他にはあまり知られておらず、現段階ではその理由もはっきりと分かってはいませんが、オスの結末だけは明らかです。
階層の低いオスのハイエナは、群れの仲間からの攻撃や嫌がらせによる怪我に悩まされ続けたあげく、骨ばかりを食べた末に歯はボロボロになり、メスの平均寿命の半分しか生きることはできません。
おそらく、彼らが人生に望む最高のものは、自分の子孫を残せたかどうかだけでしょう。
そして、唯一の望みである子がオスであった場合、その子も父親と同じ悲惨な運命をたどっていくのかもしれません。