2004年10月、人類の家系図への理解をひっくり返す報告がありました。
2003年に人類学者が、インドネシアのフローレス島で、未知の小さなヒト族の骨を発見したのです。
この小さな生き物は、身長が1メートルほどしかなく、脳はチンパンジーほどの大きさだったため、「ホビット」という愛称が付けられ、今から5万年前に絶滅したと考えられています。
たしかに、化石人類の記録から、アウストラロピテクスのような小さな体と脳を持つヒト族がいることは、すでに知られていました。
しかし、衝撃的だったのは、地層の年代がそれほど古くないのに、その骨格が、はるかに古い初期の人類の特徴をもっていたことです。
これほど小さな脳をもつヒト族が最後に存在したのは数百万年前とされ、現代のホモ・サピエンスが登場するずっと前になります。
骨格の残りの部分も同様に不可解なものでした。
今回は、そんな古代人類の小人ホビットの体の秘密や彼らの進化のナゾに迫って紹介します。
古代人類の小人ホビット
インドネシアのフローレス島で発見された、小型のヒト属の骨格には不可解な点が多くありました。
低く分厚い頭蓋骨は、後頭部のカーブが大きく、小さな歯、奥歯は少なく後ろにむかって生えていました。
肩関節は、現代人のそれとは違い、鎖骨が短く、それは、肩が前に出ていたことを意味します。
それは、160万年前のホモ・エレクトスよりも前の骨格で、どちらかというと類人猿やアウストラロピテクスの骨のようでした。
そして、脚の長さに比べると足がとても大きかったのです。
人間というよりも、猿のようなプロポーションなのに、短くて大きなつま先を持っていることから、おそらく二足歩行をしていたと考えられます。
発見者たちは、この不可解な生き物をホモ・フローレシエンシスと名づけましたが、彼らは小人のような姿から「ホビット」という愛称でも呼ばれています。
ホビットの発見以来、これは、人類進化学の分野で大きな論争の中心となっています。
ホビットは、現生人類の祖先から孤立して独自に進化したのか
発見が発表されてから15年が経ちましたが この小さなホビットが人間の家系図について教えてくれるのは、私たち自身の進化の歴史を意味する大切なことです。
そして、この小さな生き物が提起する疑問はとても大きなものです。
- それは私たちの種なのか?
- それとも、私たちの知らない人類の血統を受け継いだのか?
- チンパンジーよりも人間に近い霊長類なのか?
この論争の発端となった部分骨格はLB1と呼ばれる成人の女性ホビットでした。
類学者は、フローレンス島の西部で他に11人の同種の骨を発見していますが、頭蓋骨が残っているのは彼女だけです。
科学者たちが、最初に考えなければならなかったのは、「私たちの家系図のどの枝からこのような奇妙なヒト族が生まれたのか」でした。
研究チームは、彼女の種が現生人類の祖先であるホモ・エレクトスの集団から離れ、フローレス島で孤立した結果、体を小さく進化させていったと考えています。
現在、他のインドネシアの島々からも、160万年前から14.3万年前までの幅広い地層から、ホモ・エレクトスの化石が出てきています。
島では、大型動物は小さく進化し、小型動物は巨大化する
これは、フォスターの法則(島嶼化、とうしょか)と呼ばれる現象です。
事実、フローレス島では、小型化した古代ゾウ(ステゴドン)、巨大化したネズミやオオトカゲが存在しました。
そこで、ホビットの発見についての元の論文では、なんらかの小型のヒト族から進化したのではなく、島にたどり着いたホモ・エレクトスのグループが、独自の進化を遂げた新しい種ホモ・フローレシエンシス(フローレス人)だと示されたのです。
そして、フローレス島は、現在の森林に覆われた熱帯の島と同じように、それほど住みにくいところではなかったのかもしれません。
ホビットたちが実際に、発見された洞窟に住んでいたかどうかは不明ですが、一般的に、乾燥地帯や緑の少ない時期よりも、緑豊かな時期の方がより多くの洞窟を利用する傾向があるといわれています。
ホビットは石器や火を使っていた
地層から発見された動物の骨や石器の数から、ホビットは、洞窟を利用して、古代の小型ゾウ(ピグミー・ステゴドン)や恐ろしい捕食者であるコモドドラゴンなどを、時には切って、時には焼いて食べていたことも分かっています。
ホビットは、火を使うことができ、狩猟や植物採集につかわれたと考えられる簡単な石器も発見されています。
実際に、洞窟では、コモドドラゴンの骨はたくさん発見されていますが、小型ゾウに関しては、成人する前の子供だけを食していたと考えられています。
ホビットの祖先
ホビットが、ホモ・エレクトスとは別の、熱帯地域に住む背の低い特有種族の祖であると主張する研究者もいます。
研究者達は この主張を裏付けるために、LB1の骨とホビットと同じ地域や環境に存在したインドネシアやオーストラリアの先住民族とを比較したところ、頭蓋骨の140以上の特徴が彼らと一致したそうです。
しかし、他の科学者の中には、LB1には何らかの病的な状態があった可能性が高いと主張する人もいます。
彼らは、「島のように孤立したグループが小型化して環境に適応することはあるが、ホビットのように脳まで小さくなったり、奇妙なプロポーションをしたりする可能性は低い」と反論しています。
一連の論文の中で、この仮説の支持者は、LB1に見られるいくつかの異なる条件、たとえば、非常に小さな頭蓋骨、低身長、およびその他の特徴などを、ラロン症候群(遺伝子の変異によって身長が伸びない疾患)やダウン症と関連づけています。
しかし、彼らが主張する度に、ホビットを新種だという科学者たちは、提案された障害のどれもLB1の解剖学とは一致しなかったと否定しています。
ホビットに関しては、さまざまな見解があり、次から次へと論文が発表され議論が交わされていますが、近年、ホビット族の起源についての第三の説が出てきました。
ホビットの祖先に関する新仮説
新仮説は、ホモ・エレクトスの小型化ではなく、私たちの知らないホモ・エレクトス以前の別のヒト族から進化した種かもしれないというものでした。
2017年に、この説を検証するために、一部の専門家が11種の異なるヒト族から大量の骨格データを集めて、種がどのように関連しているかを示す2種類の進化の木を作成しました。
1つの進化の木は、ある種が別の種に分かれていくという単純な経路モデル。
もう一つのモデルは、進化の変化の異なるモデルをもとに統計学を用いて構築されました。
すると、どちらの方法も似たような結果が得られました。
あるシナリオでは、ホビットは、240万年前から140万年前の間にアフリカに住んでいたとされるホモ・ハビリスと共通の祖先を共有していました。
もう一つのシナリオでは、ホビットは、ホモ・ハビリスやホモ・エレクトス、そして私たち現代人ホモ・サピエンスを含む枝の姉妹グループの一部だと示されました。
これらは、アフリカの化石記録ではそうなっていますが、もしかするとホモ・エレクトスが最初のヒト族ではなく、さらには、ホビットの枝には、見つかるのを待っているもっと多くの先祖がいる可能性を示しました。
考えるだけでも驚くべきことですが、私たちは、知らないことがまだまだたくさんあるのです。
ホビットは5万年前に絶滅した固有種
今では、ほとんどの専門家の間で、ホビットは、おそらく固有種であるという見方で一致しています。
これは、洞窟の中で発見された骨と石が含まれる堆積物の地層が、当初の「3万5千年から1万4千年前」ではなく、「10万年から6万年前のもの」と修正されたことによって、この奇妙な小さな骨格が、ずっと古いものだったことが分かったからです。
そして、19万年前から5万年前の堆積物の調査によって、島の気候や火山の噴火にも変化があったことが分かってきました。
これは、ホビットが5万年ほど前に絶滅した理由を説明しているのかもしれません。
しかし、ホビットが誰の子孫なのかは、まだ未解決の問題です。
東南アジアでの調査が進めば進むほど、人類の進化はどんどん複雑になっていきます。
ホビットと同じ時代には、他にも古代人の小人が存在した
2019年にはフィリピンで研究している科学者が、ホビットと同じ時期だと考えられる約6万7千年前から5万年前の新種の小型ヒト族の歯と骨を発見しました。
それはホモ・ルゾネンシス(ルソン原人)と名付けられました。
彼らは、ホビットとは異なる古代人と現代人をあわせもった特徴を持っていました。
臼歯は小さいが前歯は大きく、指の骨が湾曲していることから木登りが得意だったとも考えられています。海に囲まれた島に、彼らはどうやってたどりついたのでしょうか?
東南アジアの離島で、新たなヒト族が発見されたことは、家系図については まだまだ学ぶべきことがあることを示しています。
私たちの祖先はいつどこから来たのか
ホビットが発見された洞窟の発掘調査は現在も続いています。
人類学者は最新の遺伝子技術を駆使して、分子レベルでホビットの謎を解き明かそうとしています。
残念ながら高温多湿の洞窟は、DNAの保存には不適なため、ホビットの骨からDNAを抽出する試みは失敗しました。
しかし、コラーゲンのような古代のタンパク質を骨から抽出する新しい方法は、まだ試されてていません。
ホビットが 人類の家系図の中でどこに当てはまるのかを解明し、人類の進化を理解するのに役立つかもしれません。
ルソン原人は、アウストラロピテクスや初期のヒト属の祖先と比較的最近の人類を合わせたような身体的特徴を持っているといいます。
これまで猿人など古い人類の祖先がアフリカを離れ、東南アジアまで到達するのは不可能と考えられてきましたが、ルソン原人の発見によってこれが証明されるかもしれません。
希望はまだ残されています。