シマウマの縞模様はどこから来たのか、なぜこのようなパターンが可能なのか?
これを解明したのは、戦時中のナチスドイツの暗号「Enigma」を解読した有名な暗号解読者。
彼は、DNAの言語ではなく、数学で書かれたシンプルなコードで、生物の複雑で予測不可能な世界を解読したのです。
この問題は、ひっかけ問題ではありません。
答えは、黒地に白の縞模様。
このことは、シマウマの中に生まれたときに白の縞模様がない(黒っぽいだけ)ものもいることから分かります。
では、そもそもなぜシマウマには縞模様があるのでしょうか?
生物学者はこう答えるでしょう。
縞模様は捕食者からのカモフラージュに役立つから。
しかし、実のところそれは正確には間違いです。
シマウマの群れって、模様だらけで誰がどこを向いているか分かりにくいから、捕食者は逃げる方向が予測つかないって聞いたことがあるわ。
そうね。いろんな意見があるけど、研究がすすむにつれて、血に飢えたコバエを混乱させる役割が大きいと考えられるようになったの。
そもそも、なぜこんなシマシマになったの?
僕だってシマシマになりたい!なぜ縞模様になれたのか知りたいよ。
なんと、このパンダの疑問に対する最高の答えを示したのは、生物学ではなく、数学でした。
まるで「ストローの穴は1つ?2つ?」の疑問と同じようにこれまた数学の力による解明です。
今回は、その生物学のナゾ「シマウマはなぜ、どのようにして縞模様になったのか」について、コンピューターの無い時代に数学の方程式で解読した天才暗号解読者の話を紹介します。
ナチスの暗号を解読した数学者が魅了された生物学
生き物のナゾを数学で解き明かすなんて、あまり想像がつかないかもしれませんが、実際に自然界の秘密は数学で表されることがよくあります。
1952年、数学者のアラン・チューリングは、縞模様、斑点、迷宮のような波、さらには幾何学的なモザイクまで、自然界で見られる多くのパターンを説明できるという、驚くほどシンプルな数学的ルールを発表しました。
アラン・チューリングといえば、戦時中のナチスドイツの暗号「Enigma」を解読した有名な暗号解読者であり、 近代コンピューティングの基礎を築いた人物として知られています。
しかし、彼が生涯を通じて最も魅了された問題の多くが、生命、生物学であったことは知られていません。
そもそも、なぜ数学者が生物学に興味を持ったのか不思議ですね。
多くの数学者が生物学に興味をもつ理由
それについては、イギリスのシェフィールド大学のナターシャ・エリソ博士は次のようにいいます。
多くの数学者が生物学に興味を持っているのは、生物学がとても複雑で、わからないことがたくさんあるからです。
生命体をみていくと、動物の動き、個体群の動向、進化の関係、遺伝子間の相互作用、病気の広がり方など実に多くの生物学上の問題があります。
このように、目に見えないものを記述するのに役立つ学問に、数理生物学と呼ばれる分野があります。
数学が生物学の光となる
なぜ生物学に数学が必要なのか?
それは、生物学ではどうしても観察できないことがあるからです。
野生の動物を四六時中追いかけて、その一瞬一瞬を観察することはできません。
生き物の中のすべての遺伝子や化学物質を瞬間的に測定することも不可能です。
このような観測できないものを理解するには、数学的モデルが役立ちます。
なかでも生物学で最も観察が難しいものの一つが、生物がどのように成長し、どのような形になるかという繊細なプロセスです。
これをアラン・チューリングは「形態形成」と呼びました。「形の生成」です。
動物の模様は2つの要素から生まれた
1952年、チューリングは「The Chemical Basis of Morphogenesis」という論文を発表。
この論文には、複雑な形状が、単純な初期状態から自然に発生することを示す一連の方程式が書かれています。
チューリングのモデルによると、これらのパターンを形成するのに必要なのは、2つの化学物質であり、気体の原子が広がって箱を満たしていくのと同じように、2つの化学物質が広がって、互いに反応するだけで、パターンが生まれます。
チューリングはこの化学物質を「モルフォゲン」と呼んでいました。
しかし、気体とは決定的な違いがありました。
これらの化学物質は、均等に広がるのではなく、異なる速度で広がるのです(反応拡散方程式と呼ばれる数式で示される)。
拡散と反応という2つのアイデアを組み合わせて、パターンを説明したのがチューリングの最初の天才的な発想なのです。
拡散だけではパターンはできません。
水の中のインクを考えてみて。水にインクを垂らすと、色が広がる単純な反応は見られるけど、パターンは作らないよね。広がるだけなら、ただの一色の動物になってしまうよ。
チーターのシマ模様のでき方
少し難しく聞こえるかもしれませんが、実はとてもシンプルです。
これを実際の生物学的パターンに置き換えるとどうなると思いますか?
斑点のないチーターを想像してみてください。
科学者らは、その毛皮は乾燥した森のようなものだと考えられます。
この乾燥した森では、小さな火事が起こります。
そこで消防士は、真ん中からでは火を消せないので、端から消火剤を噴射していきます。
そうすると、チーターの森の中には、燃えていない木に囲まれた黒っぽい斑点が残りますね。
火は活性剤のようなもので、自分自身をさらに増やしていきます。
一方で消防士は抑制剤のようなもので、火に反応して消火します。
火も消防士も、森の中に広がっていく、つまり拡散していくのです。
ただし、真っ黒なチーターではなく、斑点を得るためには、消火器が火よりも早く広がることが重要です。
シンプルな数学的ルールから縞模様や斑点模様ができる
チューリングのシンプルな数学的ルールは、いくつかの単純な変数を調整することで驚くほど多様なパターンを生み出すことができるのです。
加えて、このようなチーターの斑点模様を作り出すのと全く同じ方程式で縞模様も作り出すことができます。
あるいは、その2つを組み合わせたパターンを作り出すこともできるのです。
どのような模様ができるかは、方程式の中のさまざまな数字によって決まります。
例えば、消火剤が自己生成する速さを表す数字、炎の化学物質が拡散する速さを表す数字、水の化学物質が拡散する速さを表す数字など。
式の中のこれらの数字をほんの少しだけ変更すると、斑点状のパターンではなく、縞模様のパターンになるのです。
同じルールで動物の異なる模様ができる
パターンに影響を与えるもう1つのポイントは、パターンを作るときの形状です。
動物の皮は、丸や四角などの単純な幾何学模様ではありません。
不規則な表面にチューリングの数学的ルールを適用すると、異なる部分に異なるパターンができます。
私たちが自然界を見るときには、このように予測されたパターンが混在していることが多いのです。
私たちは、縞模様と斑点を全く異なる形と考えていますが、それは同じものの2つのバージョンであり、異なる表面上で同一のルールが適用されているのかもしれません。
数学を使って生物学的なパターンを作ること
1952年に発表されたチューリングの論文は、当時はほとんど無視されていました。
ワトソンとクリックが1953年に発表したDNAの二重らせん構造に関する論文のように、生物学における他の画期的な発見の影に隠れていたからかもしれません。
あるいは、生物学の分野で数学者のアイデアを聞く耳がもたれなかったのかもしれません。
しかし、1970年代以降、科学者のアルフレッド・ギーラーとハンス・マインハルトが論文を再発見したことで、生物学者たちが注目するようになりました。
そして、疑問を持ち始めたのです。
数学を使うと、紙の上やコンピュータの中で生物学的なパターンをうまく作れるかもしれないが、実際には自然界でどのようにしてパターンが作られているのだろうか?
これは意外と厄介な問題です。
チューリングの数学は、シンプルかつエレガントに現実をモデル化しています。
しかし、チューリングの数学が本当に正しいことを証明するためには、生物学者が実際の細胞内の化学物質やタンパク質で示さなければなりません。
そしてつい最近、何十年にもわたって探し続けてきた結果、生物学者たちはようやく、数学モデルに適合する分子を見つけ始めたのです。
ネズミの口の中の隆起、鳥の羽毛の間隔、腕の毛、あなたの髪の毛、そして、サメの歯のような歯状のウロコもそうです。
これらのパターンはすべて、チューリングの数学が予測したように、分子モルフォゲンの拡散と反応によって生物の成長過程で形成されています。
若くして命を絶った天才暗号解読者
残念なことに、アラン・チューリングは自分の天才性が認められるまで生きることはできませんでした。
彼が生物学的パターンに関する論文を発表したのと同じ年に、彼は同性愛であることを認めたからです。
当時、イギリスで同性愛は、犯罪行為とされていました。
彼は刑務所に入ることなく、合成ホルモンを使った化学的去勢治療を受けましたが、その2年後の1954年6月、41歳の時に青酸カリによる死体で発見されました。
チューリングは、悲劇的な死から約60年経った2013年、エリザベス女王からようやく恩赦を受けたといいます。
暗号解読の力でで生物学を解読
私は、科学者を神話上のヒーローのように表現したいわけではありません。
どんなに素晴らしい発見でも、失敗に次ぐ失敗の結果であり、ほとんどの場合、他の多くの人々の研究の上に築かれています。
とはいえ、アラン・チューリングの暗号解読の仕事は、シマウマの縞とヒョウの斑点を解読したのです。
彼の仕事は、彼が本当に特異な頭脳の持ち主であったことに疑いの余地はありません。
コンピュータが何百万回も計算しなければならない方程式だった
このパターンを生み出す方程式は、ペンと紙では簡単には解けません。
ほとんどの場合、解くことはできません。
コンピュータの助けが必要なのです。
驚くべきことに、アラン・チューリングがこれらの理論を書き、これらの方程式を研究していたときには、今日のようなコンピュータはありませんでした。
アラン・チューリングが亡くなったときに自宅で発見された彼のノートの一部には、数字ではなく秘密のコードのようなものが書かれていたといいます。
実際には2進法なのですが、2進法を書き出すのではなく、5桁の数字があるので、なんと彼は、バイナリを書き出すのではなく、バイナリを独自にコード化した別のコードを持っていたのです。
つまり、アラン・チューリングは、コンピュータが何百万回も計算しなければならない方程式を、このように記述することができたのです。
しかし、当時それを行うための高速なコンピュータはありませんでした。そのため、彼は何年もかかったことでしょう。
アラン・チューリングを失ったことで、世界は何を失ったのか?
アラン・チューリングを失ったことで世界が失ったものを説明するのは非常に難しいことかもしれません。
なぜなら、彼は、自分の考えが他の人よりもはるかに進んでいて、とても複雑だったため、他の人に伝ようとしてもなかなか理解されなかったのです。
彼の力で、私たちがどこまで到達していたのか見当もつきませんが、きっと素晴らしいものになっていたでしょう。
戦後、チューリングは、あなたが今見ているコンピュータを含め、地球上のすべてのコンピュータの核となる論理プログラミングの開発に貢献しました。