サンゴや円石藻などは、海水に含まれる化学物質を取り込んで殻や骨格をつくっています。
そして、今これらの生き物は、海の中で自らの殻や骨格が溶けるという危機的状況に陥っているのです。
その原因は、海水中の二酸化炭素量の変化。貝殻やサンゴの骨格が化学反応を起こして、炭酸水素カルシウムとなって溶けやすくなっているからです。
では、その仕組みをもっと分かりやすくみていきましょう。
貝殻やサンゴの骨格はどうやってつくられるのか
生物は、あらゆるものを材料にして、自分の家を作ることができます。
なかでも、海には、魔法使いのように暮らす生き物がすんでいます。
表面にUFO型のよろいをもとった植物プランクトン「円石藻」をはじめ、サンゴ、巨大なカタツムリなどは、まるで魔法のように、水中に溶け込んだ2つの化学物質(カルシウムイオンと炭酸イオン)を取り込んで、炭酸カルシウムの固い殻や骨格を形成するのです。
でもせっかく作った殻でも、海の中ですぐに溶けることはないの?
炭酸カルシウムは、基本的に水に溶けにくいといわれています。
さらに、殻が海中で溶けないのは、海水がすでに多くのカルシウムイオンと炭酸イオンを含んでいるから(それ以上含める余裕がない)で、炭酸カルシウムは溶けるより形成される方がずっと簡単なのです。
海は深くなるほど骨格や殻(炭酸カルシウム)が溶けやすくなる
海は、カルシウムイオンと炭酸イオンが満たされているため、サンゴの殻が溶けにくいといわれています。
少なくとも、殻を作る生物の多くが生息する海面に近い海水中では、そのような仕組みになっています。
しかし、水深の深い海では話は別です。
海洋では、深くなるほど低温で圧力が高くなっていくため、海中の炭酸カルシウムに対する飽和度が下がっていきます。つまり、炭酸カルシウムは溶けやすくなるのです。
飽和していないとは、水中に含むことができる炭酸カルシウムが最大限度まで満たされていないため、まだ溶ける余地が残されている状態です。
そのため、生物の死骸が海底に堆積する浅い沿岸域とは異なり、ある一定の深さ(炭酸塩飽和深度と呼ぶ)を超えた深海では(炭酸カルシウムが分解され始めるため)、沈むにつれて殻が溶けてしまい、底まで到着しなくなります。
殻が沈んで堆積する速度 vs 溶ける速度
この「飽和深度」は、海水中のカルシウムイオンと炭酸イオンの濃度によって決まります。
濃度が高ければ、貝殻は炭酸カルシウムが溶け出す前に深く沈んで底に溜まっていきます。
濃度が低ければ、「飽和深度」は海面近くに移動し、最も深いところにある無傷の貝殻が溶解し始めることになります。
しかし、これはフィードバック・ループ(フィードバックを繰り返すことで増幅する)であり、海中に溶けて吸収された貝殻は水中の炭酸カルシウムを増やし、他の貝殻を溶けにくくして「飽和深度」を低下させます。
基本的に、深海での化学反応は海水中のカルシウムイオンと炭酸イオンの濃度を安定させるので、海の上部はそもそもカルシウムイオンと炭酸イオンが飽和状態になって(貝殻を作るのに最適な状態)います。
ただし、海のもうひとつの重要な部分である大気の化学的性質を考えると話は変わります。
大気中に二酸化炭素が増えると海で殻や骨格が溶けやすくなる理由
海の表面では、酸素や二酸化炭素などの気体がごくわずかながら水中に溶け込んでいます。海の生物が呼吸ができるのもこの溶存酸素のおかげです。
そして、大気中のガスの濃度が上下すると、それにあわせて海に溶けているガスの量も変化します。
もし、海が自らバランスを取っていなければ、温室効果ガスの影響で水中に溶け込む二酸化炭素も増えるにつれて、貝殻を作る生き物が危機的な状況になってしまいます。
水中で増えた二酸化炭素と炭酸イオンがひっついてしまい、カルシウムイオンと結合できる炭酸イオンが減るので、貝殻や骨格がつくりにくくなるからです。
急速な温室効果ガスの増加は海の生き物を危険にさらす
もし環境改善に十分な時間があれば、海の物理と化学の力で「飽和深度」が再び上昇し、海底の多くの貝がカルシウムと炭酸塩を水に戻し、炭酸イオン濃度は正常なレベルに回復するでしょう。
しかし、海がこのバランスを保てない状況もあります。
例えば、地上の二酸化炭素が急激に増加したことで、海面から二酸化炭素が大量に取り込まれて飽和深度が高くなった場合。この場合、海中の貝殻がすべて溶解してしまうことも考えられます。
一時的ではあっても、二酸化炭素の濃度が海水がバランスを補うよりも速く変化し過ぎた場合、いつの日か安定して海面で貝殻が形成されるようになるには、何世紀もかかる可能性もあります。
その間、多くの貝類が生息する海の上層部は不毛の地と化すかもしれません。