クジラやイルカ、シャチ、セイウチなど、海で生育するほ乳類「海獣」の多くは、陸上のほ乳類よりも体が大きく進化してきました。
なかでも、世界最大のほ乳類といえば、シロナガスクジラで、かつて地球上に存在した恐竜を含めても、動物史上最大で最も重量のある巨大なほ乳類として知られています。
それでは、海洋ほ乳類の体がこれほどまでに大きくなれたのはなぜでしょうか?
この問いに対してこれまでは、
「水の浮力のおかげで、陸上よりも関節や骨などが重力による制約を受けにくいから」
と考えられてきました。
実際に、宇宙飛行士が、重力から解放された宇宙での滞在中に、(関節や骨が重力による圧迫を受けなかったため)背骨の間隔が広がって身長が伸びたことは記憶に新しいかもしれません(地球への帰還後には元の身長に戻っています)。
しかし、科学者たちが、海洋ほ乳類たちの大型化のナゾについて調査していくうちに、海は陸よりも自由であるどころか、逆に制約が大きく、それほど単純な問題ではないことが分かってきました。
ここでは、なぜ海で生育するほ乳類「海獣」の体が大きくなったのかについて、進化・生物学などの研究をもとに分かってきたおもしろい要因を分かりやすく紹介します。
もしかしたら、私たちの未来には、大型化したラッコが海を泳いでいるかもしれません。
陸から海に移り住んだほ乳類たち
海洋ほ乳類とは、はるか昔に、陸から海に進出して、海の環境に適応するために進化してきた動物です。大きく分けると、下記の4つのグループに分かれます。
まず、インドハイウスやパキケトゥスといったカバのような姿をした四つ足のほ乳類を祖先にもつクジラやイルカ。
次に、犬に近い動物を祖としたアシカやアザラシ。
続いて、ゾウと同じ系統のグループから枝分かれして進化したマナティーやジュゴン。
最後に、海に住む大きなカワウソ「ラッコ」です。
そして、科学者たちは、この4つのグループの研究をすすめていくにつれて、次のような結論を導き出しました。
「海洋ほ乳類は、陸上のほ乳類に比べて、体が大きくなったというよりも、体のエネルギー(熱)を節約して保持するためには、大きくなければならなかったのだ」と。
実は、海は、ほ乳類にとって、陸上よりも生きていくうえでの制約が多く、大型化を必要とする環境だったのです。
海は、ほ乳類にとって制約多きところ
2018年まで、ほとんどの科学者は、海中の浮力が、海洋ほ乳類に重力からの大きな自由を与えていると考えていました。
しかし、研究者が約4,000匹の生きたほ乳類と3,000匹のほ乳類の化石を対象に、体の大きさの変化パターンを調査したところ、予想外にも、海洋ほ乳類の体のサイズには陸上ほどの開きがなく、狭い範囲でまとまっていたのです。
たとえば、先に記した4つの海洋ほ哺乳類群のうち3つのグループ(クジラ、アザラシ、マナティ種)は、ほぼ同じサイズ(平均して約500kg)でまとまっています。
そして、研究がすすむにつれて、「海洋ほ乳類の大型化に、浮力がいくらかは貢献しているかもしれませんが、動物の体の大きさには、その他にもさまざまな要素がかかわっている」ことが分かってきました。
海洋ほ乳類の大型化の要因
海水は、一般的にほ乳類の体温よりも冷たいだけでなく、空気に比べて体から熱を奪いやすいという問題があります。
そのため、海洋哺乳類は、体積(体の大きさ)に対してより少ない表面積を有する体型、すなわち、大きくて丸っこい体によって、寒い海でも熱を失いにくくしているのです。
それだったら、どんどん大型化していくのではないか。
と考える人もいるかもしれませんが、むやみに体が大きくなりすぎると、今度は、全ての細胞に栄養をいきわたらせるほどの食料の確保ができなくなってしまいます。
それゆえ、海で生きていくには、「体温の保持」と「えさの確保」という制約に適応しなければならないのです。
つまり、「500kg」は、体温を保ち、巨大な体が必要とするえさの確保に最適な大きさだったといえるでしょう。
しかし、自然界には例外が存在するのも事実で、シロナガスクジラもそのひとつです。
異例の大きさ「シロナガスクジラ」のナゾ
シロナガスクジラは、クジラ類を大きく2つに分けたグループのひとつ、ヒゲクジラ亜目に属します。
ヒゲクジラ亜目は、皮膚の繊維が板状に進化した「鯨ひげ」によって、海の厳しい制約に適応しながら、巨大化してきました。
鯨ひげとは、上あごから生えた300枚にも及ぶひげの列で、クジラは、捕食の際に、これをえさを漉しとるフィルターとして働かせることで、少ない動き(消費エネルギー)で、巨体を維持するための大量のエサ(豊富なカロリー)を確保しています。
つまり、ただ大きく口を開くだけで、大量のプランクトンやオキアミ、小魚などを海水ごと口に含んで食べることができるようになったのです。
さて、巨大化したヒゲクジラ亜目とは逆に、海洋ほ乳類最小といわれる「ラッコ」の存在も実に奇妙なものです。
ラッコが小さいのはなぜ?
ラッコは、海洋に進出したほ乳類のなかでは珍しく小型で、最小サイズだといわれています。
彼らは、イタチの祖先よりも大きいかもしれませんが、他の海洋ほ乳類の平均「500kg」には全く及びません。
それは、海洋ほ乳類としてのまだ浅い歴史や海辺(沿岸部)を中心とした生活スタイルなどさまざまな要因が考えられますが、まだはっきりとは分かっておらず、まだまだ大きくなる可能性だってあります。
もしかすると、数千年後には、クジラのように巨大化したラッコが海を泳いでいるかもしれませんね。
まとめ
クジラは、はるか昔に、陸上から海に移り住みました。
冷たい海では、体温を保つために大きく、しかし、十分なエサを確保するためには大きくなりすぎてはいけないというきつい制約に適応しながら進化して、今の大きさにたどり着いてきたのです。
自然界は、私たちが考えているほど単純なものではなく、まだまだ答えのないナゾがたくさんあります。
そうした生き物の進化のおもしろさを知り、これから数百年、数千年後の姿を予想してみるのも楽しいかもしれませんね。