食べ物の中には、どれだけ欲する人がいても生態学的に、または、動物学や菌類学的に食べ物への需要を満たすのが難しいケースもあります。
それが、マグロやトリュフ、ハックルベリー。
今回は、進化した科学技術をもってしても、なぜ養殖や栽培ができない食べ物があるのかについて、生態学のとてもおもしろいデータをもとに紹介。
マグロの養殖が難しい理由
需要が高いにも関わらず、養殖が難しい高級食品の代表に「マグロ」があります。
なんといっても、マグロを愛する寿司愛好家は多いはず。
2019年、日本では1匹の大きなマグロが、過去最高となる3億円超えの値で競り落とされたことからもよく分かります。
しかし、これらの魚は野生でしか見られないために、高い需要が高価格と乱獲につながり、現在は絶滅危惧種に引き上げられています。
実のところ、私たちはまだ、養殖マグロの流通量を思うように伸ばせていません。
クロマグロのライフサイクルは複雑で、養殖が非常に難しく手間ひまがかかるためです。
大きな体をもつ回遊魚を養殖するうえでの問題点
マグロは本当に大きな魚です。
体長は3メートルを超え、平均で250キログラムの大きさにもなります。
速く泳ぐ回遊魚なので、養殖するなら、彼らが生育するタンクは、他のどの魚のタンクよりもはるかに大きなものが求められます。
そして、ご存知のように、マグロが適切に発達するためには、休むことなく高速で泳ぎ続けなくてはならないのです。
さらに、マグロは食物連鎖の頂点に位置する捕食者でもあります。
彼らが必要とするエネルギーを与えるためにはたくさんのエサも不可欠。ゆえに、控えめに言っても、成熟したマグロの世話は難しいものなのです。
自由に浮遊する幼魚でさえ維持が困難だといわれています。
たとえば、1991年に公開された研究によって、ある種のクロマグロの幼魚に関して、密集した環境では成長が遅く、生存率が低いことが示されています。
ただし、私たちは、野生の環境と比べて、人工的なタンクで何が起こるかを見据えて、このような問題を回避するための対策を講じることもできます。
マグロの幼魚は小さいかもしれませんが、頭は体のサイズの半分近くを占めるので、どうしても重たい頭の方に沈む傾向があります。
そのため、タンクには、彼らが文字通り沈み、頭が底に当たって傷つくのを防ぐためにちょうど良い深さや大きさが必要となります。
加えて、一匹のマグロが繁殖できるまで成熟し、より多くの魚を産むようになるには最大で8年はかかるうえ、飼育下の魚はしばしば生殖の問題を経験するという現実もあります。
現在、EUと米国の研究者はこの問題を克服しようと、魚自身の成長ホルモンを操作して繁殖を誘発する試みを行っていますが、もし、需要に対応するだけの飼育下の個体群を確立できない場合、これからも乱獲は継続する可能性が高く、この問題は、マグロ愛好家にとって悪いニュースとなるでしょう。
ハックルベリーの栽培が難しい理由
アメリカの太平洋岸北西部では夏になると、たくさんの人がハックルベリー摘みに出かけ、かごの中を甘くてジューシーな果実で満たそうと森に入ります。
ハックルベリーは人気が高く、シーズンになると需要が高まりますが、いくつかの地域では、定期的なイベントによってハックルベリー狩りを制限するなど、保護目的で採取量を規制しています。
それは、ハックルベリーが生育する土壌条件は限られたもので、一般的な農地で栽培するのが難しいためです。
生育に適した環境づくりの問題
研究者たちは、土壌は、pH4から5.3程度の酸性土壌で、かつ、砂や粘土、シルト(沈泥)質の土がほどよく混じってなければならないといいます。
加えて、自然界では、高地に生育する植物であることも栽培を難しくする大きな要因のひとつとなっています。
高地では、冬の氷点下の気温のもと、雪の断熱効果によって植物が守られていますが、農地では気候が適さなかったり、寒冷地でも凍結したりして枯れてしまうからです。
加えて、ハックルベリーの生育条件を他の気候で再現するのは困難です。
たとえたくさんの人工雪(フェイクスノウ)を上からかけて低温に保ったとしても、成長が非常に遅れるだけで、その場合、種まきや挿し木をしてから収穫可能な果物を得るまでに、最大で15年間もかかることがあります。
結局のところ、そういったやり方は理に適わないため、先住民たちは、何世紀にもわたって野生のハックルベリーを作物として管理栽培してきたのです。
北米へ進出した初期のヨーロッパ人は、熟した果実の採取方法を先住民に教わり、それが何世紀にもわたって、調理されたり保存されたりして、今日の高需要につながりました。
近年、米国内の研究者らが、ハックルベリーを他のブルーベリーの系統と交配させて、品種改良に取り組んできた結果、さまざまな生態環境に対応した品種が生産できる兆しが出ましたが、それが需要を満たすまでは、まだハックルベリーを保護下におく必要がありそうです。
残念ながら、現在もハックルベリーは、一年のうちの特定の時期にのみ摘むことができる貴重な果実のひとつであることは変わらないようです。
需要の高い食品には、他にも危険にさらされるリスクが高いものがあります。香り高き世界三大珍味として知られる「トリュフ」です。
トリュフの栽培が難しい理由
トリュフといえば、高級食品の代名詞のような存在。いくつかの種類は、30gにも満たない量で数万円もします。
しかし、今、人工栽培の方法を見つけない限り、ドードーと同じように絶滅の道を辿ることが危惧されているのです。
トリュフは、セイヨウショウロ属に属する菌類ですが、他のきのことは異なり、主に広葉樹などの生きた樹木と共生する菌根菌類です。
木の根に菌糸を張り(菌根)、近接した地下(土壌中)に広がりながら栄養素を吸収します。
菌根を介して木から光合成による有機物をもらい、代わりに土壌の水分や栄養素を木に与えて、お互いに成長を助け合って生活をしているのです。
しかし、人間はこの菌の世話をするどころか、昨今では森林破壊と気候変動による森林へのダメージによって、彼らの生育地を奪おうとしているのです。
特に、トリュフが野生の故郷と呼ぶ南ヨーロッパの森林では、森林破壊が大きな問題となっています。
生きた木との共存関係をもつトリュフの栽培は、非常に複雑で大変なうえ、費用だけでなく、菌を育てる時間もかかります。
最初のトリュフを収穫した人物である英国の研究者は、柊の木を植えてから菌を共生させて収穫するまでにほぼ10年を要したといいます。
一方で、気候変動が果たした破壊の裏には、小さな希望の兆しもあるのではないかと考える科学者もいます。
トリュフ菌の本来の生息地が破壊されているにもかかわらず、ヨーロッパのより北の森林地帯では、新たにこれらの気候に対応できる種のトリュフの生育が広がる可能性があるというのです。
時間の経過とともに、気候変動による生態系の変化は、新たな生態系の繁殖の機会を提供するかもしれないことは、わずかですが期待されているようです。
最後に
今、マグロやトリュフ、ハックルベリーなどの食料に対する需要は、供給を上回っています。
どうやら寿司やハックルベリーの愛好家がいつでもすぐに、手ごろな値段で食べることができる養殖産が流通する可能性は今のところまだ低いようです。
このような栽培や養殖が難しい種を育成するために、私たちは、これから科学を巧妙に適用する必要に迫られる可能性があります。
それはまた、森林破壊と向き合うと同時に、私たちがすべての種の生存の生育地を維持するためにも取り組むべきことなのかもしれません。
おいしいもののためにも。