1990年代後半、世界的な水不足問題を解決するために生まれた下水再生のための浄水場が、カリフォルニアで建設されましたが、それは周辺住民の反対によって開始できぬまま閉鎖。
ところが後日、あるきっかけが住民の意思決定を変え、最終的に再稼働が求められることになったのです。
以下に、このきっかけとなった住民たちへの興味深い心理効果を紹介します。
さて、あなたの前のテーブルに以下の3つが用意されました。
食べるなら、どれを選びますか?
人は、実際にこのような場面に立たされると、全て食べるのを断ってしまいます。
一流シェフが作ったブラウニーでさえもです。
実際に、これらのお菓子は食べても問題がないにもかかわらず、人間の脳はわずかでも汚染されていると感じると、強い嫌悪感を引き起こすようにできているようです。
それでは、下水を飲料水にする素晴らしい水再生技術ができた場合、あなたはその水を飲むことができますか?
世界的な水不足問題を解決するために生まれた下水再生技術が、一度は拒絶されながらも、最終的に求められるようになった実際の話です。
汚染に対する拒絶反応
人間は、嫌悪感を抱きやすいように進化してきました。
おそらく私たちの祖先は、その感覚を研ぎ澄ますことで、腐敗した食べ物や排泄物のような不快なものを食べて命を落とす危険から身を守ってきたからでしょう。
そして、この「嫌悪感」は、何が安全なのかを合理的に判断できるようになった今でも、私たちの決断を左右することがあります。
下水を飲料水にする水再生技術
その最たる例が、北カリフォルニアのトライ・バレー地域での出来事です。
1990年代後半、干ばつに見舞われやすいトライ・バレーでは、慢性的な水不足に対応するため、数百万ドルをかけて、逆浸透膜を使って下水を飲料水に再生する浄水場が建設されました。
実のところ、飲料水の水源が不足していたナミビアやシンガポール、そして南カリフォルニアでは、すでに何年も前から、同じ技術を使った再生水は利用されていました。
しかし、かつて糞便が浮かんでいたものを飲むことに抵抗を感じたトライ・バレーの地元人たちが訴訟を起こし、工場はオープン前に閉鎖されてしまったのです。
サンディエゴやオーストラリアの都市トゥーンバなど、他の地域でも、世論の反発によって、水のリサイクル工場が閉鎖されたことがあります。
そうはいっても、世界では深刻な水不足問題に直面しているため、この再生水プロジェクトは大きな希望でもあります。
この解決策にはどうやら、私たち人間の心理的な問題に注目することが近道であるようです。
再生水の拒否反応に影響を与えた心理的プロセス
飲料水の供給を技術的に解決できても、問題の大部分は心理的なものにあります。
そして、この心理的な問題は、再生水に反対する人々の言葉「トイレから蛇口へ(toilet to tap)」に集約されています。その主張は、まるでトイレの水を飲むかのようにさえ聞こえ、その直感的な思考は人々に伝染しやすいのです。
彼らは、不快感(汚染感度)と嫌悪感の両方が再生水への抵抗感を高め、たとえ再生水が飲料水やペットボトルの水よりも純粋であっても拒否反応を示したのです。
時間と距離を変える
ある調査によると、この嫌悪感を和らげるには、時間と距離が効果的だそうです。
そこで、物事の強調する部分(フレーム)を変えることで、意思決定に与える印象を変えていく「フレーミング効果」を取り入れたところ、人々の再生水への価値の感じ方に変化が出ました。
つまり、「汚染水の排出」と「飲料水の生成」の間に、時間と距離を加えることで、水を下水として焦点意識から外してフレーミングしたのです。
ある調査では、リサイクルされたトイレの水が直接パイプに加えられた場合、3分の1の人しか飲まないと答えました。
しかし、リサイクルされた水が、水道水のパイプに入る前に一度貯水池で時間を過ごすだけで、3分の2の人が飲むと答えました。
パイプの水も貯水池の水も同じようにきれいであるにもかかわらず、反応が違うのです。
つまり、リサイクル水を貯水池に入れておくなど、非合理的なことをする(貯水池を作る手間も時間も費用もムダ)ことで、人々は非合理的な嫌悪感から自分を騙すことができるのです。
再生水の名前を変える
もうひとつの心理トリックは、そのリサイクル水を再ブランド化することです。
シンガポールでは、再生水を「NEWater」と呼び、特別な名前で呼ぶだけで、すぐに国民の支持を得ました。
状況の変化が人を変える
最後に、人々は切迫した状況になると、思い切った行動を取るようになることも分かりました。
カリフォルニア州北部の人々は、15年に及ぶ干ばつと強制的な給水制限の後、考えを改め、水道局にトイレ水のプラントの再稼働を検討するよう求めたのです。
危機的な状況は、人々をより積極的に行動させます。
人の意思決定の傾向から学ぶ心理学のフレーミング効果
地球は「青い」惑星ですが、その水資源のうち、利用可能な淡水として存在しているのは1%にも満たない極めて少ない割合です。
近い将来、戦争は石油ではなく、水をめぐって行われるようになるとさえ言われています。
一方で、水資源の問題を技術的に解決できたとしても、心理的問題がその実現の邪魔をするという奇妙な現象も実際に起きています。
今回の話では、人々の直感的な嫌悪感は伝染しやすく、それが専門家や科学的なモデルと衝突し、最適ではない選択や行動につながる状況が起こり得ることが分かりました。
それはときとして、上記の再生水問題のように、公共の利益に反する影響も出る可能性もあります。
これは身近にも十分に起こり得る問題です。
たとえ、人のためと思って行っても、それが必ずしも受け入れられることではないないのであれば、人間が意思決定する際の傾向を理解し、焦点(フレーム)を変えるテクニックを身に着けておくのもひとつの方法です。
参照元:下水から作った水を飲めますか?