なぜ植物はカフェインを作るのか?

自然科学・地球科学

伝説によると、今から1000年以上前、エチオピアの山中にカルディという名の山羊飼いが住んでいたそうです。

ある日、カルディは奇妙なことに気づきました。
小さな木になっていた赤い実を食べたヤギが、異常に興奮し、飛び跳ねたり、夜も寝ようとしないのです。
カルディがその赤い実を自分でも食べた後、他の人にも焙煎して溶かして飲んでもらった。
こうして、コーヒーが誕生した。

さて、このような出来事が実際にあったかどうかは定かではありませんが、この話には事実に根ざした部分があります。

アジアのお茶、アフリカのコーヒー、南米のガラナなど、カフェインを生成する植物は、歴史上、世界中のさまざまな文化で切望され、取り入れられてきたのです。

その理由はいたってシンプル。

一見魔法のように見えるカフェインは、その分子構造が、私たちの脳を「ズドン」と覚醒させる偶然の産物だったからです。

もちろん人間だけでなく、植物自身もカフェインから恩恵を受けています。

以下に、カフェインが植物に与えるメリットや私たち人間への影響について分かりやすく紹介します。

なぜ植物はカフェインを生成するようになったのか?

今日、世界中の何十億という人々が、「カフェイン」と呼ばれる分子を使って一日をスタートしています。

しかし、この「カフェイン」と呼ばれる分子を生成する能力は、どのようにして、そして、なぜ顕花植物(けんかしょくぶつ:花を咲かせ、種子ができる高等植物)の系統で、何度も何度も独立して進化したのでしょうか?

その答えの一つは、カフェインが私たちが活動するのに必要な脳の覚醒を与えてくれる一方で、害虫には「殺し屋」として働くこと。

植物はどのようにカフェインを作るのか?

カフェインは、分子レベルではアルカロイドと呼ばれる天然に存在する有機化合物の一種で、苦味が強い傾向があります。

実際にカフェインを作るには、植物は特殊な酵素を必要とします。

まず、植物は、前駆体分子と呼ばれるものを用意し、これを特定の酵素による化学反応によって一連に変化させるのです。

この酵素の働きによって、私たちがよく知るカフェイン分子が少しずつ作られていきます。

カフェインは、世界中の複数の異なる植物グループで、類似した形質に進化してきました

不思議だと思いませんか?

世界各地の遠縁の植物が、経路や使用する酵素は違えど、まったく同じ分子「カフェイン」を生成しているのです。

カフェインを生成する植物

カフェインは、お茶やコーヒーのほか、グアラナの木、カカオの木、アメリカ大陸の一部のヒイラギ、アフリカのコーラの木、柑橘類の一部でさえも葉や花で生成されています。

しかし、これらはすべて花を咲かせる植物でありながら、特に密接な関係があるわけではありません。

例えば、コーヒーと柑橘類が最後に共通の祖先を持ったのは、およそ1億年前と言われています。

近年、ゲノム解読や分子生物学的解析により、これらの植物が異なる進化の過程を経てカフェイン生成に至った経緯が明らかになりつつあります。

植物はいかにしてカフェインを進化させたのか

多くの場合、植物がすでに持っていた古代の遺伝子が、他の代謝経路に関与していた遺伝子と重複して改変されていたようです。

そして、その遺伝子がコードしていた酵素が、カフェインを作るために再利用されたのです。

このプロセスは「外適応」と呼ばれるもので、生物がすでに持っている機能を新しく別の役割に利用することをいいます。

外適応は、進化が目新しいものを生み出す際によく使われる方法です。

自然淘汰は、ゼロから出発するのではなく、既存の形質を利用して新しい目的に適合させることがあります。

では、そもそもなぜ、遠縁の植物が同じ分子(カフェイン)を作るようになったのでしょうか?

植物が害虫から身を守る「農薬」のような効果

なぜ遠縁の植物が、互いに異なる遺伝子に手を加えることによって、同じ分子を生産するようなったのでしょうか?

一つ目の理由は、カフェインが、天然の殺虫剤として作用するからです。

お茶やコーヒーなどの植物に含まれるカフェインの濃度は、特に幼虫の段階で、虫を麻痺させたり殺したりするのに十分なほど高いことがよくあります。

また、少なくともコーヒーの場合、カフェインは、植物の中で最も食べられやすい新芽や葉の部分で最も高い濃度になっているようです。

昆虫以外にも、ナメクジやカタツムリ、一部の菌類やバクテリアに対する防御としてもカフェインが機能することも実験で示されています。

しかし、少なくとも1つのケースでは、この防御機能が捕食・非捕食者の進化の競争を引き起こしたのです。

コーヒーノミキクイムシという甲虫は、植物に対抗するために、腸内に生息するいくつかの細菌と共生同盟を結びました。

このバクテリアは、カフェイン分子を無毒化し、それを主食としています。

このため、この甲虫は何の悪影響もなくコーヒーの木の実を食べることができるのです。

カフェインは花粉媒介者を惹きつける

カフェインを生産する植物の中には、花蜜にカフェイン分子を少量混ぜているものがあり、その植物を訪れた花粉媒介者が実際に報酬を得て、再び訪れるよう促すようです。

ミツバチの実験では、カフェイン入りの蜜を一口飲むと、記憶に焼き付き、その植物を好んで再び訪れるようになり、さらに受粉をより早く、より効率的に行うようになることが分かりました。

つまり、植物にとってカフェインは、多くの目的で利点をもつ分子なのです。

しかし、私たち人間にとってカフェインは、月曜日の朝を乗り切るためのもの。

カフェインの人に対する影響

カフェインは、アデノシンという神経化学物質に似た分子構造をしています。

神経系では、アデノシンの役割のひとつに神経を鎮静させ、眠気を誘う作用があります。

アデノシンは1日かけて蓄積され、神経細胞の特定の受容体に結合します。この受容体が増えれば増えるほど、私たちは眠気を感じるようになります。

しかし、カフェインはアデノシンに似た構造をしているため、アデノシンが結合しなければならない受容体に結合し、ブロックすることができるのです。

アデノシンの結合が阻害されると、私たちは疲れを感じにくくなり、神経を興奮させます。
カフェインは、私たちにエネルギーを与えるのではなく、アデノシンが私たちを眠くさせるのを一時的に止めるだけなのです。

そして、ミツバチと同じように、私たちは一度カフェインを試したら、何度もリピートしてしまうのです。

カフェインと人の古くからの関係

古代に世界中でカフェインが使われていたことを示す物的証拠もあります。

例えば、南米におけるカカオの家畜化は、デンプン粒、化学残留物、古代のDNAの分析から、約5300年前の完新世中期までさかのぼることができました。

そして2016年、科学者たちは、2,100年前にさかのぼる最古の茶の消費の証拠の発見を発表しました。

中国の皇帝の墓に埋葬された葉の部分的な残骸を発見し、生体分子分析により茶葉であることが確認されたのです。

北米では、現在のイリノイ州の土器片から化学物質が検出され、ヒイラギの種から作られたカフェイン飲料が1000年も前に消費されていたことがわかりました。

この「黒い飲み物」は儀式的な重要性を持っていたことが後の歴史的記録から分かっており、現在でも一部の先住民社会では同様の飲み物が消費されているようです。

参照元:Why Does Caffeine Exist?