写真のサーモンの切り身は、海からのものではなく、本物に見えるように実験室で育てられたものです。
どんな味がすると思いますか?
レストランのシェフが驚くほど限りなく本物に近い味と食感をしているといわれています。
しかし、実験室で作られた食品は、シンガポール以外の国では、まだ販売が認可されていません。では、仮に認可されたとすると、消費者がそれをメニューで目にする日は近いのでしょうか?
実のところ養殖のサケは、通常大規模な養殖場から出荷されるため、さまざまな環境問題を引き起こす可能性があります。
しかし、もし実験室でサーモンを細胞から育てられれば、いつかそれに代わるものができるかもしれません。
ただし、そこにたどり着くまでには以下のように長く、とても困難な道のりが待っているようです。
サケの個体数は減少している
何千年もの間、サケは現在の北米で豊富に生息していました。
しかし1866年、太平洋岸北西部のヨーロッパ人入植者たちが、サケの缶詰による保存を始めてたことで変化が訪れます。
大規模な商業漁業が始まって以来、しばらくの間は、サケの供給は無限であるかのように思われました。しかし、現実はそうではありませんでした。
実際、野生のサケの個体数は1800年代後半にはすでに減少しており、それから1世紀も経たないうちに、永遠に消滅する危機に瀕していきます。
この状況に専門家は、このままではサケが絶滅してしまうのは時間の問題だと危惧しています。
サケの養殖の問題
そこで、サケの養殖というアイデアが60年代後半に生まれました。
2000年代初頭までには、アメリカ人が食べるサーモンの約3分の2が養殖によるものとまでなりました。
しかし、この養殖産業には問題がありました。
養殖されたサケには寄生虫がつきやすく、それが野生の個体群に広がる可能性があったのです。
また、毎年漁獲される魚のおよそ12%が養殖場の飼料(エサ)となり、特にペルーやセネガルなど世界の魚の個体数に大きな影響を与えています。
魚を細胞から実験室で育てる試み
そこで2016年、アーリエ・エルフェンバイン氏とジャスティン・コルベック氏らはWildtypeを共同設立。彼らの目標は、細胞からサーモンの一部を育てる方法を見つけ出すことでした。
まず、「私たちが肉を食べるために動物は必要なのだろうか」という疑問から、幹細胞生物学のバックグラウンドについて考え始めました。
そして、ある仕組みにたどりつきます。
最初のステップは、基本的に細胞を分離することでした。
野生種ではギンザケとチヌークサーモンから細胞を入手しました。
細胞は醸造所で見られるようなスチールタンクに入れられ、タンク内には糖分やアミノ酸などの栄養素が含まれています。
水槽の温度、pH、酸素濃度は、魚の体内と同じように細胞が成長し、複製されるのに適したものです。
当初は、実験室から生まれたサーモンは、まだサケとは似ても似つかないものでした。
しかし、細胞から足場(土台)をつくり、時間をかけて店で買うサーモンの切り身に似た形に成長させていくことで本物に近いものとなっていきます。
実験室でのサーモンの成長過程には4週間から6週間かかります。
これを養殖サーモンを育てるのにかかる約3年間と比べてみてください。驚くほどの短縮になります。
実験室で育ったサーモンの商品化への問題
初めはジャーキーのような口当たりでした。
しかし、今ではレストランのシェフに野生のサーモンと実験室で育ったサーモンの見た目、味わい、食感をテストしてもらっても、本物にかなり近づいたことが分かります。
それは、シェフが、「今すぐにでもお客様にお出ししたいくらい」だというほど。
しかし、これは、製品が持つさまざまな味の出発点のひとつにすぎません。
まだ2つの大きな問題が立ちはだかっているのです。
法律の問題
ひとつは、現段階ではアメリカでは細胞培養食品を販売することさえ合法ではないということ。
というのも、FDA(食品医薬品局)は、このように製造された食品をどのように規制するのかをまだ検討中だからです。
そしてそのプロセスには時間がかかります。
技術がどのように機能するかを共有し、私たちの食品システムの安全性とセキュリティを監督する人々にプロセスを理解してもらう必要があるからです。
FDAがいつ決定を下すかは現在は不明なままです。
コストの問題
第二の課題はコストです。
おそらく最初の段階では、にぎり寿司2、3貫で40ドルか50ドル(5000円相当)はするでしょう。
製造コストがかかるため、今すぐ売り始めたら、消費者のコストは高くなるということです。
規模を拡大すればコストは下がりますが、このような会社を設立し、拡大するのはまだ見ぬ試みなのです。
まず、大規模で無菌の施設を建設するにはコストがかかります。
さらに、専門家のなかには、ラボ(実験室)が競争力のある価格の製品をすぐに作れるとは期待すべきではないと言う人もいます。
どうやら、今のままでこれらの製品が富裕層向けの目新しさ以上のものになるには数十年はかかりそうです。
実験室育ちのサーモンは魚の未来になり得るか
一方で、この挑戦は、投資家を恐れさせてはいないようです。
この会社は、最近レオナルドード・ディカプリオやジェフ・ベゾスのような大物からの1億ドルの投資を調達したと報告されています。
今のところ、実験室育ちの肉は賛否両論です。
本当におすすめできる点もあれば、欠点になりうる点もあるうえ、私たちが知らないこともまだたくさんあります。
これについてWildtype社の設立者は次のようにいいます。
「ラボで育ったサーモンが唯一の選択肢になるとは思っていませんが、私たちの目標は、新たな魚の供給源を提供することで、海への負担を軽減することです。
実験室育ちのサーモンは、そのゴールへの道のりはまだ遠いかもしれませんが、その道の先には、21世紀の価値観に基づいて栄養価が高く、入手しやすい食品への可能性があると思います。」