実は、初期の人類たちも虫歯に悩まされていたことが分かっています。
旧石器時代のモロッコでは、集団(イベロマウル)の半数に虫歯があり、ネアンデルタール人の歯の化石からも虫歯菌の代表「ミュータンス菌」が検出されています。
では、お菓子やジュースの無い時代に、なぜ虫歯が存在したのでしょうか?
どうやら、虫歯菌が増えだしたのは、狩猟採集から農耕生活へと食スタイルが変化したことが最も大きな原因だったようです。
以下に、初期の人類がなぜ虫歯に苦しむようになったのかをみていきましょう。
現生人類が存在する前から虫歯は存在した
基本的に、歯は何百万もの小さな鉱物結晶でできています。
ただし、骨や皮膚とは異なり、この鉱物は自然に治癒することがないため、虫歯になると修復の手助けが必要となります。
そのため、私たちは、歯を磨いてそれを防いでいるわけですが、私たちの祖先は、治す術もなかったため、そのまま化石として虫歯の痕跡が残されています。
では、人類の祖先はいつから虫歯に悩まされるようになったのでしょうか?
これは「人間が加工食品を食べるようになったので虫歯が多くなった」といった単純な話ではありません。
虫歯は、食習慣や唾液の分泌量、歯の衛生習慣、さらには遺伝子構成など、さまざまな要因が関係していますが、最大の原因といわれるのがミュータンス菌です。
果物を食べていた5400万年前の霊長類にも虫歯があった
さて、虫歯菌の代表・ミュータンス菌は、食べ物に含まれる糖分を栄養にしています。
実は、お菓子だけでなく、パン、米、パスタなどの食品に含まれるでんぷん質も糖分です。
そして、私たちが甘いものやでんぷん質のものを好んだのは、農業が始まるずっと前、さらには現生人類が存在する前からのこと。
人間は霊長類であり、絶滅した祖先や現生の親族は、ほとんどが果物を食べていました。
果物は基本的に糖分と繊維質なので、5400万年前の霊長類の化石に虫歯があったのも不思議ではありません。
現在も生きている果物好きのサルや類人猿にも虫歯はあります。
しかし、チンパンジーの虫歯率は個体全体で最大45%程度といわれ、これは90%以上が虫歯とされる現代の人間の半分です。
農業が始まる前の人々の歯
では、虫歯に関して、いつから人類に変化が起きたのでしょうか?
簡単にいうと、人々の食生活に大きな変化を起こした紀元前1万年頃の農業革命です。
農業が始まる前、人々は狩猟や、その環境に自生する植物の採集を行っていました。
実は、ネアンデルタール人(旧人類)もミュータンス菌を持っていたことは分かっています。ただし、虫歯はそれほど多くありませんでした。
私たちの種ホモ サピエンス(現生人類)を見ていくと、虫歯にかかった人の数にはばらつきがあり、糖分の多い食べ物を多く食べた集団は通常、虫歯が多いことがわかりました。
たとえば、モロッコにある約14,000~15,000年前の遺跡(後期旧石器時代)、北アフリカ最古の墓地から発掘されたイベロマウルス文化のグループを見てみましょう。
2014年の研究で、彼らの約94%が、現代人と同じように歯の半分に虫歯があったことが示されています。
他のほとんどの狩猟採集社会では、虫歯があるのはせいぜい歯の15%程度です。
いったいなぜお菓子もない時代にこれほどの虫歯があったのでしょうか?
調査によると、彼らは野生のオート麦や豆類に加えて、粘り気のある特に甘い種類のドングリや木の実を大量に食べていたようです。
農業が虫歯の転機となる
ミュータンス菌らにとっては、小麦や大麦などの穀物の栽培方法を人類が見つけたときに大きなチャンスが訪れたようです。
そして、食品の加工が進み、最終的にはパンからソース、果汁まであらゆるものに砂糖が加えられるようになったことで、私たちをとりまく状況はさらに悪化しました。
農業が発明されると、世界中の人々がほぼ現代レベルの虫歯を発症する可能性があったことを示す証拠はたくさんあります。
しかし、虫歯の原因となる菌自体にも、食糧生産の変化に伴って進化が見られます。
ミュータンス菌も進化し続けている
古代の人類は少なくともネアンデルタール人の時代からミュータンス菌に悩まされてきましたが、この細菌の遺伝的多様性は紀元前1万年頃に急増しました。
これらの菌の変化は農業の出現と同時期に起こり、砂糖の栽培が活発に行われ始めてから750年の間にさらに多くの変化が起こりました。
他の優れた菌と同様に、ミュータンス菌も環境をうまく利用して、適応進化し続けているのです。