近年、欧米では、「BPA(ビスフェノールA)フリー」と表記されたペットボトルやラップなどが当たり前のように見られるようになりました。
一方で、日本ではまだ聞きなれない人の方が多いかもしれませんが、この「BPA」、実は困ったことに、有害な環境ホルモンとして疑われているにも関わらず、プラスチックを製造するためには必要とされる成分のひとつでもあります。
それらは、生殖毒性(生殖機能への有害な影響)や内分泌かく乱性(正常なホルモン作用を乱す)を引き起こす疑いがあり、特に妊娠期や小さな子供がさらされると影響を受けやすいので注意が促されています。
これまでも数多くの研究で、生殖器や脳、甲状腺などの問題につながったり、肥満、発達の遅れ、発ガン、糖尿病などを引き起こしたりする可能性のある化学物質として繰り返し示されてきました。
それらが、食品の包装や食器、弁当箱、水筒、調理器具、ペットボトルなどのプラスチック製品をはじめ、缶詰や農薬、化粧品など、私たちの周りのいたるところにひそんでいることを考えると、心配になるのも無理はありません。
しかし、消費者にとっては、こういった化学物質がどの缶詰やプラスチック製品に含まれているのかを把握するのはほとんど不可能です。
仮に「BPAフリー」と表記された新しい代替品が出たとしても、それが安全であるかどうかを判断することはさらに困難を極めるでしょう。
そこで、ここではBPAといった目には見えにくい化学物質の実態とともに、私たちがそれらをどのように考え、対処すべきかについて、分子生物学者のBruce Blumberg氏によるアドバイスを中心に科学的に分かりやすく紹介していきます。
皮膚や食べ物を通じて入る化学物質の脅威
Bruce Blumberg氏は、15年間にわたって合成化学物質と肥満の関係を研究してきた分子生物学者です。
まずは残念なお知らせになりますが、Blumberg氏は、私たちがこれらの化学物質に囲まれて生活していることを認めています。
なかでも最もよく知られているのが、先ほども触れた「BPA」です。
BPAは、ビスフェノールAとも呼ばれ、ペットボトル製品や缶などの原料(食品保存容器やファーストフードなどの持ち帰り用プラスチックケース、缶詰や飲料缶内面のエポキシ樹脂)としてだけでなく、感熱紙のレシートにもコーティング剤として含まれており、それらを触ることで、皮膚から直接体内に取り込まれます(皮膚ばく露)。
除菌用ローションが環境ホルモンの吸収率をあげる可能性
さらに、科学雑誌「PLOS ONE(プロス ワン)」によると、除菌用ローション(ハンドサニタイザー)をつけることで、BPA(ビスフェノールA)と呼ばれる有害な物質(環境ホルモン)の皮膚への吸収率を上げる危険性があることが判明しました。
除菌用ローションは、水が無くても、手につけるだけで手軽に殺菌や消毒ができるので、外出時や育児、介護などで幅広く利用されていますが、これで手を消毒したあとに、上記ようなBPAが含まれているものをさわると、皮膚からBPAが吸収される速度や量が急増することが危惧されているのです。
また、消毒した後の手の皮膚には、BPAが残存しやすくなっており、その手で食事をとることで、結果的に、手と口からのダブルでBPAを体内に取り込むことにもなってしまうようです。
さらに、近年の研究によって、除菌用ローションを常用していると、有害な菌だけでなく、皮膚に本来ある人間にとって必要な常在菌(善玉菌)まで殺してしまうため、結果的に、有害な菌に対する体の抵抗力を弱めてしまうことや、原料として使われるトリクロサンと呼ばれる抗菌成分の働きによって、抗生物質が効かない強い菌(耐性菌)を繁殖させることが危惧されています。
熱に弱い「BPA」について知っておきたいこと
BPAは、長年にわたって、人体への影響の有無や摂取量の問題が話題にされてきました。
アメリカ食品医薬品局をはじめ、さまざまな研究機関が出した結論も一通りではなく、物議を醸していますが、核心となる重要なポイントがあります。
それは、BPAが、ポリカーボネートと呼ばれる丈夫で柔軟なプラスチック製品の重要な構成要素であるために取り除くことが困難で、使用禁止の措置が取りにくいことです。
そして、Blumberg氏のような科学者たちが懸念するのは、いくらかのプラスチック製品の一部が食べ物に溶け出てしまうことは否定できないにも関わらず、それが食品容器や包材などの材料として頻繁に使われていることです。
プラスチックを構成するBPA分子は、熱に非常に敏感な、いわゆるエステル結合をもつため、食べ物を加熱する際にこの結合が崩れると、化学物質が食べ物に溶け出てしまいます。
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)による2,517人を対象とした調査では、90%を超えるアメリカ人が尿中に検出可能なレベルのBPAを有する可能性も出てきました。
体への影響(疾患や障害)
BPAだけではありません。プラスチックを柔らかくする成分「フタル酸エステル類」も、加熱すると食品に溶け出します。
実のところ、何百もの研究によって、このBPAとフタル酸エステル類が、心臓疾患や肥満、2型糖尿病などにつながることが示されているのです。
その他にもBPAは、体内に取り込まれたは後、代謝によって排出されるまでに長い時間を要し、ホルモン障害や癌、不妊症などのリスクも高めるといわれます。
特に免疫力の弱い妊婦や胎児、乳幼児、高齢者は、悪影響を受ける可能性が高く、以前よりも低い濃度でも、健康へリスクがあるのではないかと再検討されています。フランスでは、2015年から使用を全面禁止しています。
また、2015年の発表で、フタル酸エステル類が子供の神経発達障害と関連することが分かったことをうけて、アメリカの小児科学会は、2018年に家庭においてプラスチック製の食品容器を使用しないように警告しています。
さらに、マウスやサルのような動物に関する他の研究では、これらの化学物質が肺や脳、生殖機能に問題を引き起こす可能性があることも示されています。
生殖機能への影響(生殖毒性) BPA代替品も有害である可能性が
20年前に、BPAへの注目を集めるうえで重要な働きをしたプルマンのワシントン州立大学のPatricia Huntさんは、マウスの研究によって、BPA(ビスフェノールA)に限らず、BPAの代替品として使用されるBPSやBPSなどの他のビスフェノールのいくつかも同様に、生物のホルモン作用をかく乱して生殖系列の変化を誘発する可能性があることを示しました。
彼女は、特定のプラスチック製のケージで飼育されているマウスが、プラスチックから浸出したBPS(ビスフェノールS)にさらされたことで、BPAと同様に汚染されて、異常な卵子や精子数の減少などの生殖機能に関する問題を示し始めたことに気付いたのです。
マウスが胎生期や生後すぐの早い段階でさらされた場合、オスでは精子形成中の細胞死の増加によって精子数の減少がみられ、メスでは、染色体異常卵子の増加がみられました。その異常は三代にわたって受け継がれ、その後はみられませんでした。
なんと、BPAの代替品として最も一般的なBPS(ビスフェノールS)、または、BPF(ビスフェノールF)といった添加物も、潜在的に体にBPAと同じくらいの害を及ぼすかもしれないというのです。
これに対して、オーストラリアのメルボルンにあるRMIT大学のOliver Jones氏は、対象動物の数が限られたもので、動物自身も近交系(近親交配)であったことを理由に、調査結果について心配するのは早すぎると警告しています。
また、マウスに問題を引き起こす化学物質の人間への影響は未知数で、影響を与えないものもあるのではないかと疑問を投げかけています。
そして、Huntさん自身も、BPAの代替品の安全性を見出すにはさらに多くの研究が必要であると強調しています。
脳への影響
ノースカロライナ州立大学のHeather Patisaul教授は、長年にわたってエストロゲン(女性ホルモン)に似た作用を持つPBAをはじめとするホルモンを模倣する化学物質に関する脳の発達への影響を研究し、下記のことを繰り返し指摘してきました。
これらの化学物質に汚染された食べ物や飲み物が体内に取り込まれると、肥満や糖尿病、発達の遅れ、さらにはがん細胞の活性化などの問題につながる可能性があります。
さらに、人間の脳も、胎児期に化学物質にさらされる(子宮内曝露)と、脳内のエストロゲンへ影響を与え、女性の思春期早発症や脳の性に関する特定部位の発達異常、および、大人になってからの不安症の増加などをもたらし得るといいます。
これに対して、現段階でアメリカ食品医薬品局は、「これらの化学物質は体内に入り込むレベルでは問題ない」と主張していますが、一方で、科学者たちのなかには「Heather Patisaul教授のいうレベルは、平均的なアメリカ人の体に見られる低レベルの化学物質に匹敵するもので、発達段階の脳への潜在的な化学物質の脅威を見逃している」と指摘する声も多く、EUやアメリカを筆頭に、世界が化学物質規制の流れへと変わりつつあります。
最後に
BPAの潜在的な健康被害についてさまざまな混乱が生じるなか、私たち消費者は、より多くの情報を収集する必要があります。
しかし、残念ながら企業の多くは情報を開示しておらず、安全な選択肢を求めるのが難しいのが現実です。
しかし、私たちがこれらの化学物質を避ける方法はいくつかあります。
BPAフリーと表記されたプラスチック容器の安全性も確かなものではないため、lumberg氏は、食品を加熱するときには、必ずプラスチック製品ではなく、セラミック製(陶磁器)、または、ガラス容器のような代替品を使用するようにすすめています。
その他にも、夏場や高温になる車内で長時間放置されたペットボトルやプラスチックの水筒に入った飲み物は飲まないことや市販のペットボトル容器を何度も使いまわししないように注意するのも有効な対策となります。
一方で、悪いニュースばかりではありません。
こういった環境ホルモンと呼ばれる化学物質は、人体がさらされる量を減らすことで、時間をかけて体外に排出されていきます。体内に取り込まれて脂肪細胞に蓄積された後、最終的には、体内システムを離れていくのです。
最後に、Blumberg氏は下記のようにいいます。
環境ホルモンと呼ばれる化学物質に対して、あまり神経質になってストレスを感じないで欲しい。自分ができることから取り組んで、意識的に物事を改善していけばいいのです。
参照元:
・The Dangerous Chemicals In Your Plastic Packages
・Is BPA Making US fat, Anxious And Sick? A new effort to find the answer may be falling Apart.
・BPA-free plastics seem to disrupt sperm and egg development in mice
・acing Consumer Pressure, Companies Start to Seek Safe Alternatives to BPA
・Why You Should Stop Using Hand Sanitizer!