これは、2つの古代都市とその運命を決定づけた木の物語です。
紀元前3,000年にメソポタミアに存在した古代都市、ウルク。当時のウルクは、現代のニューヨーク市よりも人口が密集していました。
この混雑した首都が、増加する人口を養っていく農作物を育てるためには、田畑への水の供給を安定的に行うための灌漑システムを継続的に拡大しなければなりませんでした。
それから2,500年後のスリランカ。
ユネスコの世界遺産に登録されたことで知られるアヌラーダプラと呼ばれる古都でも同じような問題は起こります。
アヌラーダプラの都市もウルクと同じく、複雑な灌漑システムに大きく依存していたため、人口が増えるにしたがって、人々は、木を伐採して農地に利用し始めたのです。
しかし、アヌラーダプラでは、木は神聖なものとして崇められていました。
彼らの街には、釈迦がその下で悟りを開いたとされる「菩提樹(ぼだいじゅ)」の子孫があったためです。
信心深い農民たちは、ウルクの人とは違い、木を伐採し続ける道を選びませんでした。なかにはあえて植樹をするものもいました。
結果的に、この二大都市は、全く違う運命をたどることとなったのです。
以下に、二大都市が選んだ運命をもとに、都市に森林がなくなったら起こるであろう恐ろしい結末を紹介します。
現在、2050年までには、世界の人口のおよそ65%以上が都市に住むと推定されています。
私たちは、自分がこれから生きていく都市にどのような結末を求めるのか、今それが問われるときなのかもしれません。
木を伐採して都市を繁栄させていったウルク
灌漑システムのために、木を切り倒し続けた都市、ウルクは、はじめのうちはうまく機能していました。
しかし、水源をろ過して浄化する樹木がなくなるにつれて、灌漑システムはどんどん汚染されていきます。
まず、水分中のミネラルは蒸発しないので、水が蒸発すると土壌にはミネラルが残ります。
水が溜まったり、蒸発したりを繰り返すことで、ウルクの土壌はミネラルが堆積していき、塩分濃度が高すぎて農業には適さない土壌となったのです。
木を中心に都市計画をつくったアヌラーダプラ
一方で、アヌラーダプラの灌漑システムは、木々と協調して機能するように周囲の森に沿って設計されました。
結果的に、彼らの都市は、ウルクの人口の2倍以上である150,000人にまで成長したのです。アヌラーダプラでは、今でも2,000年以上前に植えられた木が守られています。
都市における木の役割
一見すると、「木」と「都市」というものは、かけ離れたものに感じるかもしれません。しかし、歴史的に繁栄した都市にとって、木々は不可欠なものでした。
木は、まるで天然のスポンジのように機能して、雨水が再び大気中に戻る前にその水分を吸収します。
木が張り巡らせた根のネットワークは、時間をかけて毒素を排出しながら土壌の水分を保ちます。
木の根があるおかげで、排水管や雨水の処理システムの負担が軽減されるだけでなく、洪水や土砂崩れも防がれているのです。
また、多孔性の微細構造をした葉は、炭素や他の汚染物質を閉じ込めて空気を浄化してくれます。これは、人間が気候変動と戦っていくうえで不可欠なものです。
このようにして、人類は何世紀にもわたって、樹木がもたらすメリットを享受してきたのです。
緑は都市計画には不可欠なもの
木は、都市インフラの健全性にとって重要なだけではありません。
それらは市民の健康にも重要な役割を果たします。
1870年代、ニューヨークのマンハッタンには木々がほとんどありませんでした。
日陰を提供してくれる木がないので、建物は夏の熱波にさらされてしまい、最大9倍にも増した致命的な太陽光を吸収しました。
さらに猛暑は、当時の衛生状態の悪さと重なり、コレラのようなバクテリアにとって絶好の繁殖地となって人々に襲い掛かってきたのです。
現在、香港では、超高層ビルの建設と地下のインフラ整備が進むにつれて、木々の成長が難しくなっています。
これは、空気の質が低下する危険な要因となり、気管支炎や肺機能の低下を引き起こす可能性があるでしょう。
さらに木は私たちのメンタルヘルスにも影響します。
研究によると、緑の葉の存在は、注意力の持続を高め、ストレスレベルを低下させます。
樹木の景色を眺めながら入院する患者が、四方を壁に囲まれた患者よりも回復が早いことも分かっています。
自然を取り入れた都市計画を実現させた国
幸いにも、今では多くの都市で緑豊かな光景を目にすることができます。
それは偶然ではありません。18世紀の初めから、都市計画者たちが、樹木の重要性を受け入れてきたからです。
1733年、アメリカ南部、ジョージア州にやって来たイギリスの将軍ジェームズ・エドワード・オグルソープは、スクエアと呼ばれる公園を中心に徒歩2分圏内には家を建てないという緑あふれる都市計画を行いました。
第二次世界大戦後、コペンハーゲンでは、5つの湖に沿った公園に挟まれた新しい都市開発が行われています。この都市のレイアウトは、汚染や自然災害に対する都市の回復力を高めました。
もちろん都市の木々が利益をもたらすのは私たち人間にだけではありません。
ポートランドの豊かな森林公園では、112種の鳥類、62種の哺乳類などが生育し、豊かな自然によって生物多様性が保護されています。
なかでもシンガポールほど都市計画に熱心に緑の環境を取り入れた都市はないかもしれません。
1967年以来、シンガポール政府は、120万本以上もの木を植えてきました。「シンガポール植物園」や高さ50メートルにもなるスーパーツリー・グローブでも有名な人工植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」などは有名で、これらは、主に太陽光発電システムによるエネルギーや雨水を利用した循環システムでまかなわれています。
現在、樹木と植生はシンガポールの陸地の50%以上を占めており、エアコンや暖房などの空調の必要性を減らし、交通による公害を低減しています。
最後に
都市計画者は、環境にやさしい都市基盤を未来に築くことができるかもしれません。
しかし、これらの都市に住む私たちが、どのような都市を求め、選んでいくかによって、子孫は、ウルクとアヌラーダプラのように全く違う運命をたどることになるのはしっかりと頭に入れておく必要がありそうです。