前回、魚も、私たちと同じように数を数えられることについて紹介しましたが、なんと植物までも数学的能力を有する可能性を示した研究があります。
冗談のように聞こえるかもしれませんが、ニューヨークタイムズ誌でさえ、ハエトリグサを「数を数えられる植物」と呼んでいるのです。
しかし、私たちが知るかぎり、植物は、数を知覚表現できるような脳を持たないため、数えるといっても、人間とは少し異なる方法ではあるようです。
とはいえ、実際に植物がある種の計数メカニズムをもつことを示す証拠がいくつかあります。
ここでは、植物の数学的能力を正しく理解するために必要とされた多くの研究をもとに、彼らの驚くべき計数メカニズムについて紹介します。
言葉を話さない植物に数を数える知覚能力があることは科学的に証明しにくいものですが、研究がすすむにつれて、進化において植物が驚くべき数学的能力を培ってきたことが少しずつ分かってきました。
数を数えられる植物
植物が数を数えるという考えは、2016年に、生物学全般を扱う学術雑誌「カレントバイオロジー(Current Biology)」の論文で発表されて以来、頻繁に話題に上がるようになりました。
この論文では、トゲハエトリグサが、捕らえた昆虫の動きによって発生する活動電位の回数を数える仕組みをもつというものでした。
トゲハエトリグサとは、英語名で女神のハエとり罠を意味します。
二枚貝のように開いた葉にハエや虫が入ると葉を閉じて、女神のまつ毛のようなトゲで逃げられないようにふたをしてから消化する食虫植物です。別名、ハエジゴクとも呼ばれています。
研究では、この植物が消化酵素を分泌し始めるには、虫の動きが葉の内部に隠れた感覚毛に少なくとも5回は触れる必要があることが示されました。
実のところ、植物学の世界では、ハエトリグサにおいて、虫が15秒から20秒のうちに2回ふれないと葉を閉じるためのホルモンが分泌されないことは既に広く知られています。
これは、獲物以外に反応して、ハエトリグサが、ムダなエネルギーを消費しないためだと考えられています。
そして、この新たな研究によって、植物に虫が2回、または、5回など、触れる回数によって、葉の開閉や消化酵素の誘発が決まるのであれば、彼らが数を数えることができると考えられるようになったのです。
植物と人間の数え方の違い
このように、植物が数を知覚しているというのは素晴らしいように思えますが、彼らが、本当に人間にように数字を理解し、数について考えているかといえば少し違います。
私たちの脳は、特定のものを見た時に発火する特定のニューロンを持っています。
人間においては興味深いことに、お皿の上に3つのキャンディーがあるのを見た時と、ただ「3」と書かれた数字を見た時に発火するニューロンはそれぞれに異なります。
植物も、人間のように、量をとらえようとするなんらかの心的表象をもつ可能性はありますが、残念ながら、それを具体的に証拠づけるものは現段階ではまだありません。
おそらく、植物たちは、環境の変化に反応できる洗練された生物学的メカニズムをもっているでしょう。
そして、これらの反応は、一見すると植物の知性のようにも見えますが、それが人間のような意識的な思考と結びつくと考えるにはまだ不十分です。
ただし、植物にもある種の脳といえるような、いくらかの類似点はあります。
活動電位によって数をとらえる仕組み
たとえば、私たちも植物も、なんらかの刺激を受け取って生じる活動電位のおかげで、すばやい情報伝達ができます。
また、人間の神経細胞が行うのと同じように、植物もホルモンという化学物質を使って反応を起こさせることも知られています。
人間と植物のそれらのプロセスや関与する化学物質は、同じではありませんが似ているのです。
ハエトリグサの数の数え方でいえば、虫の接触(力の情報)が、刺激のトリガーとなって、受容器細胞で活動電位が発生(興奮)し、それが人間でいう神経と同じように伝達されることで反応が起きます。
さらに、この活動電位の回数は、罠を閉じるべきかだけでなく、どれだけの消化酵素を分泌するかをも決定します。
より多くの活動電位の誘発は、ハエトリグサにとってより大きな獲物を意味し、それに応じて、消化に必要な酵素活性を高めているのです。
つまり、ハエトリグサは、獲物の量を活動電位量として測ることで、消化酵素の量を調整し、エネルギーのムダを避けて、獲物からナトリウム養分を効率的に摂取しようとしているのです。
しかし、植物の電気信号ネットワークは人間や他の動物よりもはるかに単純で、本当の意味で神経系とはみなされていません。
彼らの活動電位は、ハブとなるような中枢神経系や頭脳に情報伝達することで反応を促すものではないからです。
そのため、ハエトリグサが数を数えることが分かったとしても、その理由やどのように数を計算し、細胞間で情報の受け渡しをしているのかなどを明確に知るにはまだ研究が必要なようです。
植物たちの驚くべき能力
ハエトリグサだけでなく、その他にも活動電位や他の種の電気信号を使用して情報伝達を行う植物についての報告は数多くあります。
どうやら植物は、頭脳がなくても、数学的能力をはじめとする素晴らしいことができるようです。そして、それは、まさに人間の脳のような働きといえるでしょう。
2013年の研究では、カラシナの親戚が、日中蓄えた食料が、光合成ができない夜の間になくならないように分割して消費していることを、数学モデルを使用して示しました。
なんと、植物が、エネルギーの生産性とその消費率をなんらかの計算によって調整しているというのです。
他にも、サーモスタット(温度調節装置)と同等のものを内部にもち、数学的能力によって自らの温度を一定に保っている植物もいます。
環境の変化(刺激)に応じて、光量や温度、栄養といった化学物質情報を認識し、それに反応して、発芽や成長のタイミングを決めているのも数学モデルによって分かってきました。
そう考えると、植物は、本当の意味で数を数えることや、私たちがするような方法で数について考えることはできないかもしれませんが、彼らの生物学的プロセスにおける数学的能力は想像以上だといえます。
これまで植物は、ただじっとそこにあるだけのように考えられてきましたが、実は進化の過程で、生き残りをかけて環境に適応しながら、エネルギー生産の効率を考えて驚くべき数学的能力を身に着けてきたようです。