なぜ氷の上は滑りやすいのか?水の奇妙な特性から科学的に考える

2019年12月19日


氷。それは地球上に広く存在し、昔から常に身近なものとして慣れ親しまれてきました。

私たちは、氷を利用して飲み物を冷やし、ときにはその上を滑ったり、結合させて雪玉を作ったり、毎年のように気候変動によってそれが溶けるのを心配しています。

実際に、水(H2O)の凍結と融解は、私たちの世界の多くに影響を与えています。

木を引き裂くほどの雷を作り出すのも、雷雲にある氷の結晶です。岩石に亀裂を生じさせるほど地表面を隆起させることもある凍上現象やオゾン破壊(オゾンホール)などに深く関係しているのもまた氷の結晶です。

このように氷は、ときに景観全体を変化させるパワフルな力を生み出すこともできます。

しかし、氷がこれほど身近な存在でありながら、意外にも科学の世界では、氷がもついくつかの奇妙な特性とナゾについて、まだ理解され始めたばかりだといわれています。

たとえば、未だ解明されていない問題のひとつに「なぜ氷は滑りやすいのか」がありますが、その答えは単純なようにみえて、私たちが考えているよりもずっと複雑なのです。

それでは、氷が滑りやすい理由について、氷がもつ奇妙な特性とナゾにもとづいて科学的に分かりやすく紹介します。

氷の表面にある液体の層が原因で滑る

長い間、氷の上が滑る理由は、氷の表面に液体の薄い層があるからだと考えられてきました。

これは、1840年代までさかのぼり、物理学者マイケル・ファラデーが元となって生まれた考えです。

彼は、2つの氷の塊を数秒間くっつけると一つになるという興味深いことを発見しました。そして、その現象は、2つの氷の接着部分にある液体が凍って一つになったと考えたのです。

実際にその層を目では確認できませんでしたが、科学者たちは、何かが氷の表面に液体の層を作り出していると推測し、研究を続けた結果、従来の圧力説や摩擦熱説ではなく、どうやら水分子レベルでの現象が関係していることが分かってきました。

氷が圧力によって溶けるから滑る説

まずは、従来の圧力説ななぜ間違いだったのかについて紹介します。それには水がもつ2つの奇妙な特性が関係しています。

それでは、水が、ある特定の圧力と温度において、氷(個体)から水(液体)、そして水蒸気(気体)へと状態を変化させるときの関係を示した図(状態図)で考えていきましょう。

たとえば1気圧では水は0度から凍り始め、一般的なスケートリンクの設定温度でみられるマイナス5度では固体になることができます。

そして、状態図からは氷を溶かすには複数の方法があることも分かります。

一つ目は温度。これについてはよく知られていますが、実は、圧力を上げることでも氷を溶かすことができるのです。

これが一つ目の水の特殊な性質です。

そして二つ目の水ならではの不思議な性質は、氷になると体積が増えること。

水ならではの奇妙な性質

ほとんどの物質は、液体から固体になるとギュッと固まって密度が大きくなります。密度が上がると、分子間の隙間が減るので全体的な体積は減りますが、同じ体積当たりの重さは増えます。

一方で水の場合は特殊で、氷になると分子間の配列において隙間ができて密度が減ります。つまり、全体的な体積が増えるという奇妙なできごとが起こるのです。

氷水を思い浮かべてみてください。水(液体)に氷(固体)を入れると固体の方が密度が低くて軽いので氷が水に浮かびますよね。寒くなると海や湖が表面から凍るのもそのためです。

そしてさらに、氷への圧力をどんどん上げていくと、氷の融点が下がって氷は溶けて液体になります。なんと通常は氷で存在するはずのはるかに低い温度でも水(液体)になってしまうのです。

一般的に物質は、圧力をかけるほどより小さくなろうとするため、ろうそくのロウなどは液体より体積が小さい個体になりますが、水の場合は、液体の状態の方が(一定面積あたりの)体積が小さいので水になるのです。

氷が溶けるほどの圧力に対する矛盾点

これがズバリ長い間考えられてきた「圧力によって氷の上が滑る理由」です。つまり、スケート靴を履くとブレード(刃の部分)部分に体重による高い圧力が集中してかかるために、氷が融けて水の層ができ、それが潤滑剤の役割をして滑りやすくなるというものです。

しかし、ここで問題が生じてしまいます。水の融点を大幅に下げるのに必要な圧力を得るには、3,000キログラム以上の重さが必要となります。

つまり、実際にはブレード部分の圧力は、氷を溶かすほどのものではなく、ゾウがハイヒールは履くくらい極めて高い圧力が必要なのです。そもそも、氷の上ではもっと圧力がかかっていないはずの普段履きの靴でも滑ってしまうので説明がつきません。

こうして、圧力が理由ではことが分かりました。

次に、もう一つの「摩擦熱」について考えてみましょう。

氷が摩擦熱によって溶けるから滑る説

氷の上を滑ると、摩擦が生じます。その摩擦が熱を発生し、氷が溶けて表面に液体(水)の薄い層をつくりだすから氷が溶けて滑りやすくなるという説です。

しかし、初めてのスケートで氷の上に足を置いたとき、まだ動いてもないのに滑って尻もちをついたことがある人は分かるかもしれませんが、氷を滑りやすくするために動く必要はありません。

また、スケート靴やスキーの板にワックスを塗ると、氷の表面との摩擦が減るはずなのに、逆に滑りやすくなることからも、摩擦熱説は説明がつきません。

そもそも圧力にしろ摩擦にしろ、水ができるから滑るという考えが適切ではないのです。それは、水で濡れた床を歩くよりも、氷の上の方がはるかに滑りやすいことから分かります。

実のところ、ここ数年間で、氷の滑りやすさに関するとても重要なカギ「氷の表面にある液体層」が発見されました。それは、液体の「水」ではなく、個体の「氷」でもない極めて奇妙な極薄の層です。

それを理解するために、分子レベルで考えていきましょう。

氷が滑りやすいのは水分子の構造と相互作用が原因

先に述べた水特有の奇妙な現象「個体の方が密度が小さく、液体に入れると浮く」ことを思い出してください。

ここからは、氷の滑りやすさを分子レベルで考えていきます。

水分子(H₂O)は、極性のある分子です。

正(プラスの電荷をもつ)水素が、まるで磁石のように負の酸素に引き寄せられて結びついたものです。これは、水素結合と呼ばれ、水の場合、液体よりも個体の方がより多くの水分子が結合しています。

基本的に氷は、極小の水分子が一貫したパターンで互いにつながりをもつことで結晶を形作った状態といえます。

しかし、氷の表面の水分子は、水分子の結合が少ない場合があります。氷の表面分子が基本的に乱れているのはこの構造の欠如によるもので、表面では、水分子同士のつながりが弱いことから、集合した固まりでおられずにお互いにひっついたり離れたりして、自由に転がり回ることができる状態になっているのです。

分かりにくい場合は、(水分子にみたてた)ビー玉で満たしたグラスをイメージしてみてください。

下の方のビー玉は、周囲のビー玉に囲まれて(周りを取り巻くすべての水素結合によって)身動きができない状態に固定されていますが、表面のビー玉は(固定されるほどの水素結合を持たず)簡単にくるくると回転できます。

私たちが個体と思っていた氷の状態は、実は、完全な固体ではなく、表面に固体とも液体ともいえない液体層をもった状態だったのです。

これを科学者は、「疑似液体層(ぎじえきたいそう)」といいます。

つまり、氷の上が滑りやすいのはこの液体層があるからで、ある科学者はそれを「フロアの上に、転がるビー玉をたくさんばらまいて、その上でダンスするようなもので目には見えないガスに似ている」と表現しています。

しかし、この疑似液体層についてはまだ数多くのナゾが残されています。

個体と疑似液体層の境目を目で確認するのは難しく、大きさの幅も温度によって異なり、大きいものでバクテリアくらいのサイズか、またはその千分の一の間だと推測されるなど現段階では正確な層の厚みも計測できていません。

まとめ

いかがでしたか?氷の上が滑りやすいのは、完全な固体とは異なり、まるでガスのような性質をした「疑似液体層」とよばれる特殊な液体の層があるからだったようです。

そしてその層は、足の裏やスケート靴による圧力が原因で生じるのではなく、摩擦だけが原因というわけでもなく、水分子の結合が緩むという構造上の欠如によるもので、つながりの弱い分子たちが、自由に表面を回転することで、それらは液体の水とも違う奇妙な作用を引き起こしているのです。

これからさらに氷についての理解が深まると、ウインタースポーツがもっと楽しくなるだけでなく、凍結道路での事故予防や自然災害への対策など、身近な生活から環境変動への研究にまでさまざまな場面で役立てられることが期待できそうです。