海では要注意・触れなくても自走式の毒針爆弾を放って刺す「サカサクラゲ」とは

2020年5月 3日

サカサクラゲとは、その名の通り、浅瀬の海底で逆さになってじっと動かない奇妙なクラゲ。

マングローブをはじめ、米フロリダの沿岸やカリブ海、メキシコ湾、ミクロネシアなど熱帯域に広く生育しています。

サカサクラゲは、吸盤のようなもので海底に逆さまの状態で体を固定し、ほとんどの時間静止しているので、クラゲというよりはイソギンチャクのような生き物にみえます。

しかし、自らが動かない代わりに自律式の粘液細胞を進化させて発射するという奇妙な習性を身に着けました。

なんと、サカサクラゲは触れることなく、目には見えないほど小さな粘液性毒入り手りゅう弾を放って、ダイバーや獲物を刺すことができるのです。

この浮遊性の粘液を調査したところ、それらは、ポップコーンのような形状で、自らが獲物に向かって毒針を刺しに行き、次々と獲物に触れては殺して泳ぎ回ります。

ここでは、触れてもないのに海に入っただけでクラゲに刺されてしまうという謎の現象について「サカサクラゲ」の興味深い生態調査をもとに紹介します。

ワシントンDCの海軍研究所にある生物・分子科学、工学センターの副研究所長であるGary Vora氏は、米海軍のダイバーらが経験した奇妙な経験について次のように語っています。

米海軍のダイバーは、澄んだ海で光を見たり、刺された傷跡はあっても刺したものを一度も見たことがなかったりと長い間原因不明の刺し傷に興味を抱いてきました。

今、謎に包まれてきた生き物の正体が新たな研究で分かってきたのです。

「サカサクラゲ」とは

ほとんどのクラゲは、長い手足のような触手(しょくしゅ)の表面に無数についた刺胞(しほう)と呼ばれる袋から毒針を出して獲物を刺します。

しかし、サカサクラゲは、まるで海底に沈む軍艦のように毒針爆弾を発射することができるため、獲物に触れずに刺すということができるのです。

実際に、サカサクラゲの生育する海域では、海水に入っただけで突然痛みに襲われたケースもあり、何十年もの間、この不明な痛みに関する不可解な報告が相次いでいました。

水族館では、飼育員がサカサクラゲの水槽に手を入れると、ピリっとした痛みの衝撃が何度も起こったため、ワイヤー不良によるものと勘違いしてタンクのヒーターを繰り返し交換していたといいます。

科学者たちは、これらの奇妙な現象について研究をすすめていくうちに、クラゲの上に漂う粘液状の雲のような物体に気づきましたが、2016年までは実際に何が起きたのか詳しくはわからないままでした。

サカサクラゲと共生する藻類

サカサクラゲは、触手の細胞内に褐虫藻(かっちゅうそう)と呼ばれる藻類をもち、これらの藻類が光と二酸化炭素からつくりだした栄養を分けてもらうかわりに、セキュリティシステムの整った心地よい住処を提供しています。クラゲの毒針が入った刺胞は、藻にとってのセキュリティシステムとなっているのです。

ちなみに褐虫藻は、サカサクラゲやサンゴなどの刺胞動物との共生関係によってなりたっています。近年よく話題にあがるサンゴ礁の白化現象は、茶褐色や黄色をしたこれらの丸い共生藻が海水温の上昇や水質汚染などなんらかの要因によってサンゴから排出されたものです。

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この刺胞細胞は、捕食者から見を守るセキュリティとしてだけでなく、彼らの頭上を泳ぎ回るブラインシュリンプのような動物プランクトンをはじめ、獲物を捕らえるときにも使われます。

ただし、サカサクラゲは、他のクラゲのように直接触手を刺して食べ物を捕まえるのではなく、毒針を含んだ粘液状の刺細胞を発射するのです。

海水に入ると感じる痛みの正体は、球状の毒針入り粘液爆弾「カシオソーム」だった

2016年、スミソニアン自然史博物館の飼育員が、食事中にサカサクラゲが放ったモヤモヤっとした毒針入り粘液の一部を採集し、それを顕微鏡で調べたところ、驚いたことに、内部では小さな丸い粒が回転しながら飛び交う様子が観察されました。

そこで、彼らはサカサクラゲが特に好むブラインシュリンプ(動物プランクトンの一種)を中に入れてみたところ、その丸い粒はすごい勢いでブラインシュリンプに衝突していき、接触と同時に殺してしまったのです。

その光景はまるで車の衝突事故のようで、東北大学のエイムズ准教授は、「自走式微視的手榴弾」のようだと述べています。

綿密な調査の結果、研究チームはこれらのゲル状の球体は、刺すような細胞(刺細胞)で構成された外層の一部に、繊毛と呼ばれる波状の突起を持ち、この繊毛が粘液の中を動き回るのを助けていることを発見しました。

そして内部には、サカサクラゲ本体にあったものと同じ、太陽エネルギー玉ともいえる生きた共生藻類も含まれていたのです(ゲル状の球体に含まれる藻類の役割は不明)。

研究者らは、これらの自走式の球体を「カシオソーム」と名づけました。

そして、サカサクラゲは、外部からの刺激に対してや捕食時に、少なくとも数十万にも及ぶカシオソームを粘液に混ぜて遠隔武器として用いると考えるようになりました。彼らがもつ毒素タンパク質を分析した結果、3種類の毒の成分が検出されています。

サカサクラゲは、このカシオソームを含んだ粘液を、彼らの頭上から最大で20センチメートルまで浸出させて、小さな動物プランクトンをたくさん殺すことができます。

あとは、毒で動けなくなった近くの獲物をゆっくりとを口に吸い込むだけです。

カシオソームの能力

サカサクラゲの栄養源のほとんどは、体内で共生する光合成藻類でまかなわれていますが、ときにはこのような摂食手段では足りない栄養をカシオソームを用いて他の獲物から摂取しなければならないこともあります。

研究者たちはまた、カシオソームが単独で最大10日間生き残れることも発見しました。

つまり、この毒性の粘液が海中に発射された場合、ダイバーの足ひれキックでサカサクラゲの本体が飛ばされたとしても、彼らの周囲には毒針入りの爆弾が長い時間まとわりついている可能性があるのです。

さらに、研究チームは、サカサクラゲがもつカシオソームと同様のものを、タコクラゲやナンヨウタコクラゲ、エビクラゲ、ブルーブラバークラゲ、根口クラゲ目の一部など他の異なる系統のクラゲにも見出し、それらのカシオソームの射撃能力はより進化しており、生存競争に有利に働いてと考えています。

ハワイ大学でクラゲ毒を研究する柳原氏は、これらのサカサクラゲに関する調査結果について、「これまでのクラゲの摂食方法や刺し方についての研究者の考え方を変える」といいます。

最後に

これらの奇妙で素晴らしい刺胞動物「クラゲ」は、さまざまな環境に適応しながら進化してきました。

今までクラゲは、ただ海に浮遊しているゼラチン質のもろい物体というイメージだったかもしれません。感覚器官も原始的で、いまだに脳のないクラゲの視力については未知なる部分が残されています。

しかし、研究がすすむにつれて摂食方法だけでなく、繁殖方法においても多様性が認められ、彼らがもつ奇妙な生命力によって生育域は浅瀬や深海、淡水にまでおよぶこともわかってきました。

細胞の老化に深くかかわっているテロミアの研究からは、何度も若返って幼生に戻る一部のクラゲが発見され、不老不死へのヒントがそこに隠されていると期待されています。クラゲの細胞の仕組みを学ぶことで、死んだ細胞を再生する方法についてもヒントが得られるかもしれませんね。

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いかがでしたか?原始的生物の象徴のようなクラゲから、想像以上の生命力を感じられたのではないでしょうか。

最後になりましたが、これからは熱帯地方の海でシュノーケリングや海水浴を楽しむときは、皮膚の露出を控え、逆さまにひっくりかえったクラゲには近づかないことを思い出してください。

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