釣った魚を生かしたまま自然に返す「キャッチアンドリリース」は、釣り人が一日をのんびり過ごすには最高のスポーツです。
しかし、実際には、魚が傷ついてしまう危険性は高く、釣り針が魚のエラや食道にひっかかって致命的な出血を引き起こしてしまうことすらあります。
そんなとき、魚の出血を止めて命を救うために長い間行われてきたことは何だと思いますか?
それは、魚に炭酸飲料をふりかけるだけ。
簡単な処置法ですが、何年もの間、釣り人の間で有効だと信じられてきた方法です。
おそらくこれは、炭酸飲料に含まれている二酸化炭素が、魚のえらの血管を収縮させるために、出血が止まるという考えからきたものでしょう。
しかし、一部の生物学者から、この根拠に疑問の声が出ています。
そこで、今回は、出血した魚に炭酸飲料を振りかけると本当に救えるのかについて、2020年に行われた研究をもとに紹介します。
どうやら、キャッチアンドリリースで放された魚には、その後、決して幸せとはいえない日々が待ち構えているようです。
炭酸飲料では魚は救えない
2020年、研究者らは炭酸飲料で魚の出血は止められるのかについて調査することを決めました。
技術的には、この調査はプレプリント(正式に学術誌に掲載される前の論文)であるため、ピアレビュー(査読、専門家による研究評価)が実施されておらず、修正が行われる可能性があります。
しかし、少なくとも現時点で、この古くから伝わる「魚の止血法」の誤りを事実上暴いたことにはなるでしょう。
それではなぜ、これほどまでに多くの人が、誤った方法にも関わらず魚を救えると長い間信じてしまったのでしょうか?
これについては、研究を進めていくうちに、ある手がかりが見つかりました。
炭酸飲料で魚の出血を遅らせることはできる
炭酸飲料をかけたことで、魚の出血は全体的には減少しませんでしたが、約30秒間、遅らせることはできたのです。
そして、この30秒という時間は、釣り人が、釣った魚から針を外して自然に戻す時間とほぼ同じくらいと考えられます。
つまり、魚の出血に気付き、炭酸飲料で処置して逃がすまでが30秒以内で行われた場合、それが止血に成功したように見えていただけだった可能性があります。
もしかしたら、逃がされた魚は、その後水中で出血し、大変な目にあったのかもしれません。
魚の出血が遅れたのはCO2が心拍数を減少させたから
なぜ魚の出血が遅れたのかについて、研究者は、飲み物に含まれている二酸化炭素によって、魚の血液中のCO2濃度が上昇すると、心拍数が減少した状態(徐脈)を引き起こすからだと考えました。
心臓の動きが遅くなると、血液はよりゆっくりと送り出されて魚の体内を流れるので、結果的に、少なくとも再び心拍数が上がるまでは出血が抑えられます。
この研究では心拍数は特に重要視されていませんでしたが、過去には、魚が高いCO2レベルの水に短時間さらされた場合、心拍数が大幅に低下することを示した研究がいくつか存在します。
これらは、今回の研究結果を説明する助けとなるでしょう。
さらに研究者らは、この心拍数の低下は受容体の敏感な化学反応によって引き起こされるとも考えています。
そのため、魚のえらにあるこの神経が損傷をうけると、体の他の部分と通信できなくなり、正常な心臓のリズムが維持できなくなったり、もはやCO2の上昇で反応を示さなくなったりするのです。
また、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学による研究では、二酸化炭素が魚の脳に影響を及ぼすことも示されています。
これらが科学者が考えた「魚の心拍数低下の引き起こされ方」ですが、それがなぜ起きるのかは別の話になってきます。
魚の心拍数の減少はなぜ起きるのか
何十年も研究が行われているにもかかわらず、科学者はまだCO2によって心拍数の減少がなぜ起きるのか、その決定的な要因を示す証拠を見いだせていません。
一つの仮説は、一般的に水の二酸化炭素レベルが高い状態にあるとき、水中では低酸素状態が同時に発生するためというものです。
心臓は止まることのなく収縮と拡張を繰り返す筋肉組織です。
ゆえに、多くの酸素を必要とするにも関わらず、使用できる酸素量が少ない場合、徐脈(心拍数が減少した状態)は心筋の負荷を減らすことで心臓の保護に役立ちます。
最後に
現段階では、魚に炭酸飲料をかけることが、魚にとって適切な処置法なのかについては、明確な証拠はありません。
残念ながら、もし、あなたの釣り竿に、魚がかかって出血しているなら、その魚は離されたとしても、釣り人の意図とは別に、つらい日々をおくるだろうことが予想されます。
つまり、冷たい炭酸飲料は、あなたの喉を潤してはくれますが、それで魚の出血を止めるのは難しいようです。
今、さまざまな研究によって、エビや貝などの無脊椎動物も痛みを感じ、記憶している可能性が高いことも分かってきました。
魚においては、水中から出されたときに呼吸が困難な状態になるだけでなく、針をはずすときに、人の体温で粘膜が損傷(火傷)したり、針によって出血したりと、釣りが魚に与える影響は計り知れないものです。
たしかに、釣りは楽しいものです。
しかし、趣味やスポーツとして釣りと向き合う場合、魚を持ち上げる時間を減らしたり、針を工夫したりするなど、魚の痛みを軽減するための工夫や配慮を行っていく必要がありそうです。