地球上には飛行機が飛ばない場所がいくつかあります。
今回は、その一つであるチベットの上空について、とても興味深い科学的な理由を紹介します。
どうやらチベットへの飛行ルートの背後には、飛行機や飛行場、酸素、気流など多くのリスクを生じさせる問題が隠されているようです。
チベットの上空はどんなところ?
チベット自治区は、中国の南西部にあり、西はインド、南西にはネパール、南東にはミャンマーとブータンと接する高原地帯です。
ユーラシア大陸の中央部に広がるチベット高原は、世界最大級にして最も高度の高い高原。
面積はフランスの5倍、2,500,000 km²にも相当し、平均高度は約4000から5000kmともいわれています。
また、チベットは、世界最高峰のエベレスト(8848m)、それに次ぐ世界第2位の高さを誇るK2(8611m)の両方に接し、7,000から8,000m級の高峰が連なるため、「世界の屋根」とも呼ばれています。
チベットの上空飛行のリスクが高いといわれる4つの理由
1942年、ビルマ公路が日本軍に掌握されて以来、パイロットは、インドやミャンマーからの物資をチベットの上空を通って中国に運ばなければなりませんでした。
チベット上空を飛行したパイロットの死亡率は、ドイツの白昼爆撃より高かったといわれています。
実は、チベット上空を飛行する航空機が、これほどまでにリスクが高いといわれるのには主に4つの理由があります。
第一の理由、チベット付近には空港が2つしかないない
チベット上空を飛ぶ飛行機は、チベット自治区の首都、ラサのラサ・クンガ空港 (ゴンカル空港)とネパールの首都、カトマンズのトリブバン国際空港のいずれかを利用しなければなりません。
これは、仮に、航空機内で医療上の緊急事態が発生した場合、代替の飛行場がないことは大きな問題となることを意味します。
また、標高3,570メートルという高標高に位置するラサ・クンガ空港に着陸する際に、乗客が呼吸上の問題を引き起こすこともあるようです。
第二の理由、飛行機が運ぶ緊急酸素量の問題
飛行機の高度は高ければ高いほど、空気の濃度は薄くなります。上に行くにつれて空気中の酸素の量が減り、気圧が下がるということです。
空気の濃度が低いと、空気抵抗が小さくなるので、飛行機の燃料効率は上がりますが、酸素量に問題が生じてしまします。
基本的に、飛行機は、機内の気圧が急低下すると、乗客の呼吸を維持するために下降しなければなりません。
同時に、減圧した機内では、天井から酸素マスクが自動的に降りてくるようになっています。
しかし、酸素タンクは重量物であるために、全員分の酸素を積載していません。
その代わり、旅客機では、その場で化学変化によって酸素がつくられる仕組みになっています。
酸素の生成プロセスは、一度始動すると燃やしっぱなしになります。
残念ながら、飛行機内では、10分から20分間分の酸素しか作れません。
これは、飛行機が呼吸可能な空気のある1万フィート(3,048m)以下まで下降するのに必要な量とされています。
つまり、もし、それよりも上空を飛び続けてしまうと、標高が増すにつれて空気は薄くなるため、酸素不足に陥る危険があります。
それは、乗客が意識を失ったり、脳になんらかの損傷を受けたりするだけでなく、脳への酸素量が減ったパイロットの判断ミスによる事故にもつながります。
第三の理由、安全な高度まで下降する規則に従えない
飛行機のエンジンのいずれかが故障した場合、パイロットは、緊急酸素を使い果たす前に基準とされる高度まで下降しなければならない規則があります。
これはドリフトダウン手順として知られています。
現代の航空機は、たとえエンジンを失ったとしてもある程度飛べるように設計されていますが、基準値の高度まで下降しなければならないのです。
安全な高度は、飛行機の総重量によって決定されますが、チベットの上空のほとんどが1万フィートに相当することを考えると、その安全高度が地上よりも低い値である可能性があり、それでは山に墜落することになってしまいます。
第四の理由、上空の乱気流
チベットは、周囲を高い山に囲まれているためにパイロットが予測できない形で空気の流れが乱れやすくなります。
米国連邦航空局によると、空気の渦や垂直に吹く上昇気流、激しい下降気流が生じて、険しい山々に沿って危険な風が襲ってくるため、航空機に壊滅的な被害をもたらす可能性があります。
また、チベットは標高が高いため、事故の遭難地点を特定したり、救助隊が現場に到達するのも困難なため、助かるはずの人が死に至る結果も十分考えられます。
最後に、チベット上空を飛行するのは高リスク
いかがですか?
世界最高峰の山々が連なるチベット高原の上空を飛ぶことが、飛行機にとってどれだけ巨大なハードルとなるかが分かったと思います。
今日では、航空技術の進歩によって、音の2倍の速度(マッハ2)で飛ぶことができるようになりました。
新型機の開発競争が加速するなか、なんと音速の5倍、マッハ5(時速6,125km)以上の極超音速(ハイパーソニック)で飛べる旅客機も着実に実現に向かっています。
それは、ニューヨークからパリまでが1時間半という夢のような世界です。
さらに科学者たちは、火星への飛行も計画しています。
これほど世界中を飛び回っている飛行機にもかかわらず、航空路線を見るとチベットの上空だけがぽっかりと穴が開いたような空白地帯に。
チベットは、万が一の場合、不時着するには恐ろしい場所でもあるのです。