かつて世界最大の砂漠といわれる「サハラ砂漠」は、緑が豊富だった

2021年1月13日

実は、世界最大の砂漠は「サハラ砂漠」ではありません。

そもそも砂漠には、温度ではなく、雨の量や水の蒸発量などをもとにした定義があり、私たちがイメージするような砂丘の他にも、岩石や土、れき、塩水域などが含まれています。

それらを踏まえて考えれば、温度が低く、海水と氷だけで極端に乾燥している南極が世界最大の砂漠となり、二位が北極、それにサハラ砂漠が続きます。

しかし、南極や北極などの極砂漠は、砂漠として通常カウントされないため、それがサハラ砂漠が世界最大の砂漠といわれる由縁です。

そして、そのサハラ砂漠は、驚くべきことに緑が豊富な時期が何千年も続いていたことが分かってきました。

今回は、アフリカ大陸の3分の1近くを占め、10か国以上にもまたがった巨大な砂漠地帯「サハラ砂漠」で過去に起こった奇妙な出来事を紹介します。

どうやらサハラ砂漠は、惑星規模での地軸と軌道の変化によって、何千年も降雨増加期が続いた後、今の砂漠に戻っていったようです。

かつてサハラ砂漠はサバンナのように緑が豊富だった


サハラ砂漠。そこは、波打つ砂丘や岩石に覆われ、乾燥した風景が広がり、水はほとんどありません。

しかし、アフリカ北部の古代の芸術家たちは、今とは劇的に違うサハラ砂漠を壁画に残しています。

少なくとも1万2千年前、彼らが岩の壁に再現した風景には、カバやキリンなど水辺に住む多種多様なサバンナの生き物だけでなく、牛や羊などの家畜や放牧動物も描かれているのです。

今日のアフリカ南部や中央部なら、これらの哺乳類を見られるかもしれませんが、サハラ砂漠では、決して見つけられない生き物たちです。

驚いたことに、現代のサハラ砂漠、西サハラからサウジアラビアにかけて、至る所でこれらの生き物が信じられないほど正確に描かれた壁画が残されているのです。

これは、何千年も前のサハラ砂漠の気候は、今と全く違い、豊かな緑に覆われていたことを意味します。

かつて、動物も人間も同様に、今のサハラ砂漠のど真ん中で暮らし、そこに住む多くの壁画アーティストたちは、生態系の変化の記録を残し続けてきました。

しかし、残念ながら、「サハラ砂漠ができた理由」について、そこで何が起こったのかは壁画に記録として残されていないため、砂漠化の原因解明は、数千年後に、様々な分野の科学者の手に委ねられてきたのです。

サハラ砂漠で起こった奇妙な出来事


地質学者は、最初の手がかりを サハラ砂漠ではなく、大西洋の海底で見つけました。

過去の考古学者は、現在の砂漠の姿からは想像できないような発展した文明の証拠を発見しました。

過去の気候を研究する古気候学(こきこうがく)者は、サハラ砂漠で起こった奇妙な出来事を遡って考えることができます。

そして、あらゆる分野の科学者の研究をそろえると、すべてのラインが一緒になって「かつてサハラ砂漠は緑が豊富だった」ことを示したのです。

アフリカに何千年と続く降雨増加期があった


1800年代半ば、サハラ砂漠を横断したドイツの探検家が出会った絵画や彫刻は、完新世の初期(最終氷期が終わる約1万年前)の芸術家たちが残したもので、彼は、砂漠とは程遠い風景に戸惑いました。

それ以来、現代の地質学者は多くの証拠を使って、かつて、壁画アーティストたちが見た北アフリカは、もっと湿っていたことを示しました。

15,000年前から11,000年前のいつかから、5,000年前の間に、アフリカの降雨増加期が終わります。

地質学者は、この期間を湿潤期と呼び、アフリカ北東部に広がる現サハラ砂漠の地帯には、湖や川があり、アカシアの木をはじめとする森林も生えた「緑のサハラ」だったといいます。

この「緑のサハラ」を示す最大の証拠の1つは、近くのモーリタニア沖の深海で発見された堆積物にあります。

地質学者が示すアフリカの湿潤期


地質学者は、水中の砂と泥のコアをサンプリングして、アフリカ大陸から海に吹き飛ばされた土砂(sahara dust flux)を調べました。

海底に砂塵が多く体積した場合「乾燥」を意味し、塵が少なかったとすれば、それはより湿っていたことを意味します。

そして、結果は、過去の堆積物のコアには、塵がはるかに少なかったことを示しました。

さらに、この湿度の高い時期には、アフリカ北部からの花粉が、今日よりも多く飛来していることも緑豊かな湿潤期を裏付けています。

同じ堆積物のコアに閉じ込められた花粉は、湿った場所で生育する草のような植物の増加も示し、湿潤期を通じて、エフェドラのような砂漠特有の植物が減少したことも分かりました。

科学者たちは、現在のサハラ砂漠がある地域は、アラビア半島にかけて植物で覆われていたと考えています。

では一体何が、緑のサハラを世界最大の砂漠に変えたのでしょうか?

過去にサハラ砂漠が緑化した理由


実は、この多湿期の推進力になったのは、惑星規模の原因があります。

湿度の高い時期の始まりには、地球の傾き太陽の周りを回る軌道が周期的に変化します。

惑星は、それによって、今日の地球よりも約4%から8%多くの太陽エネルギーを浴びる結果となりました。

これは北半球を暖めました。

半球の片側が暖かくなると、暖められた空気が上昇して気圧を下げるので、そこに向かって強力な風が流れ込む傾向があります。

「温度の低いところ」から「温度の高いところ」に空気が流れ込む(低気圧が生まれる原理)と、そこには、上昇した暖かい空気が風に含まれる水分と結合して、雨をたくさん降らせます。

アフリカモンスーンと呼ばれるこのサイクルは、今でも毎年夏と冬に小規模で起こっています。

アフリカ北部は、太陽エネルギーを多く浴びて温暖化となり、夏は例年よりも暑く長くなりました。

そのため、アフリカの夏のモンスーンは強化されてアフリカ北西部まで覆い、植物を成長させました。

なぜ、どのようにしてサハラ砂漠に湖や湿地帯が生まれたのか


植物はむき出しの砂よりも優れた水分保持力を発揮します。

その結果、太陽の光を大地が反射する比率が減少し、これが北半球をさらに暖かく湿った状態に保つのに役立ちました。

最近の研究では、水分が増えたことで、サハラの自然の盆地には、孤立した湖や湿地帯などの水域が形成されたことが分かっています。

いくつかの湖は長い間存在し、少なくともそのうちの一つは340,000平方キロメートル以上、深さ160メートルにも及ぶ巨大な湖でした。

それは、アメリカの五大湖のすべてを合わせたものよりも大きな規模です。

実際に、壁画の位置から、湖の水位も確認できます。

水辺のある湿った環境には、砂漠ではなくサバンナで見られる多くの動物や植物が生息していました。

川の流出量が増加


南サハラの一部、テネレ砂漠を見てみましょう。

トゥアレグの言葉で「何もないところ」を意味するテレネ砂漠は、「砂漠の中の砂漠」と呼ばれ、40万km2を超える砂丘地帯です。

しかし、考古学者は、そこにも湿度の高い時代があったことを証明する証拠を発見しました。

例えば、そこには古代の湖の痕跡があります。

ワニ、カバ、カメ、巨大な魚類、ナイルパーチもいました。

湖と一緒に、サハラ砂漠を横断する川のシステムもありました。

アルジェリアとリビアでは、研究者たちが川の堆積物や古代の魚釣りの道具など人間が住んでいた証拠を発見しています。

ナイル川とニジェール川という2つの近代的な川もまた、流出量を劇的に増加させました。

なんと、これらの河道は中央サハラを通り、大西洋と地中海をつなげることを可能にしました。人間や動物の移動を助けたのです。

水資源を活かして人と動物は往来した


考古学者は、緑のサハラ砂漠の水路に沿って発見された暖炉の痕跡やひき臼、狩猟の道具、魚の骨塚などから、古代の文化が、水資源のメリットを最大限に利用できたことも発見しました。

研究者たちはまた、有機物が豊富な堆積物からの放射性炭素のデータや人工的に作られた籠などから、サハラ全体の人口が9000年前から5000年前の間にピークを迎えたことを示しています。

考古学的な証拠から、今日のアフリカのいくつかの文化の中には、湿度の高い時期の名残が見つかっています。

例えば、アフリカ西部のマリやアフリカ東部のエチオピアの言語は、今となっては全く違うものですが、「カバ」を表す言葉をはじめ、似ているものがいくつかあります。

湿潤期の終わりと砂漠化


もちろん、サハラはいつの間にか砂の砂漠に戻っていました。

しかし、湖や川が干上がり始め、生態系がサバンナから砂漠へと変化しても、壁画アーティストたちは絵を描き続け、サハラに新しい動物たちが到着したことを記しています。

古気候学者は、その始まりを明らかにしたのと同じ海洋堆積物のコアを使って、緑のサハラ砂漠がいつ終わったのかを解明しました。

堆積物から出た塵のデータによると、5,500年前頃に水分が激減していました。アフリカの湿潤期は数世紀のみで、地質学的には短期間で終わりを告げたのです。

地球の軌道が再びシフトした時、入ってくる太陽エネルギーが減少し、北半球は冷え込みました。

これはモンスーンを再び南下させ、現在の場所に近づけました。

確かに、考古学的な記録から、サハラ砂漠に住んでいた人々は徐々に北から南に移り、アフリカの湿潤期が終わる頃には、ナイル川や他の水源の周りに集まってきました。

そして、サハラは今日のような環境になりました。

サハラ砂漠が、将来の気候変動について教えてくれること

サハラ砂漠に緑が豊富だったことは、将来の気候変動について 私たちに何を教えてくれるのでしょうか?

また同じことが起こるのでしょうか?

私たちがアフリカの湿潤期と呼んでいるものは、過去800万年の間にサハラ砂漠で発生した230の区分けの中で最も新しいものでした。

太陽放射は、自然の軌道周期によって常に変化しているので、ほとんどの場合、必ずまた起こると考えられています。

それは、今から何千年も先のことかもしれませんが、人間が起因となった気候変動も誘発要因として無視はできません。

いずれにしても、サハラ砂漠がまた緑あふれる大地になる日はいつか訪れるでしょう。

極端な気候について考えさせられた今回、これを機に地球規模での温暖化についてより深く理解していきたいものです。

参照元:

When the Sahara Was Green