「冗長性(じょうちょうせい、redundancy)」という言葉を聞いたことはありますか?
たとえ1つや2つの生物種を失ったとしても、冗長性があるおかげで、自然界では生態系全体を維持することができているのです。
最近では、ITの分野で、一部が損なわれてもシステム全体が機能できるように、予備のシステムを用意しておくような性質をいいます。
一見すると冗長性は無駄のように思えるかもしれません。
たしかに携帯電話一台に同じようなアプリをたくさん入れる必要はないですよね。
しかし、電車に乗ったことがある人ならわかると思いますが、電車のブレーキが故障した場合、ほとんどの電車には予備のブレーキがあり、さらにそのブレーキが故障した場合、3つ目のブレーキシステムがあります。
このように冗長性を持たせることで、万が一の場合でも電車の安全性を保つことにつながるのです。
この冗長性は、自然界でも素晴らしい役割を担っていますが、同時に以下のような予想外の問題も引き起こします。
自然界での冗長性の役割
電車と同じように、生態系も故障しやすい部品でできています。人間の影響がなくても、生物種は常に絶滅しているのです。
例えば、人間が、世界にたったひとつしかないランの花が絶滅してしまうことを望まない理由はたくさんあります。
しかし、生態系レベルでは、時折起こる絶滅は必ずしも大きな問題ではありません。
というのも、生態系の中には、まったく異なる種類の生物が同じような役割を担っている場合があるからです。
たとえば、マメ科の植物と根粒菌、他にも藍藻類(らんそうるい)など多くの種が、大気中の窒素をアンモニアなどの物質に変えて(窒素固定)他の動植物が利用できるようにしています。
菌類、甲虫類、バクテリアなどは、死んだものを分解し、その栄養分を再利用します。
同じ花でも、ミツバチからアリまで、さまざまな受粉媒介者がいます。
これらの例は、いずれも「生態系の冗長性」と呼ばれ、その名が示すように、同じような機能や役割を果たす複数の異なる生物種が存在するのです。
電車のブレーキが故障しても、バックアップがあれば災害を回避できるように、例えば、ある種の甲虫が絶滅しても、他の分解者が死骸を分解し続けることができます。
つまり、冗長性の高い生態系は、あちこちで絶滅しても、何とかやっていけるのです。
冗長性の低い生態系もある
一方で、冗長性が低い生態系では、崩壊の危険性がかなり高くなります。
例えば、北米の太平洋沿岸の岩場では、ヒトデの一種(Pisaster ochraceus)が、主な捕食者としてムール貝の個体数を抑えています。
もし、このヒトデを排除したらこの岩場はどうなると思いますか。
ヒトデの代わりにムール貝を食べる種がいないため、岩場全体に貝が繁殖してしまい他の種は生育できなくなります。生態系システム全体が破壊されることになるのです。
自然界で冗長性は完ぺきではないが大きな役割を果たす
生態系の冗長性が高い場合でも、生物はそれぞれに大きく異なっているため、完全に交換可能というわけではありません。
例えば、受粉能力が低いアリは、受粉を効率的に行うハチなどの受粉媒介者の仕事を完全に補うことはできないでしょう。
しかし、アリは根気強く受粉を続けることで、ハチがいないことで引き起こされる大惨事を回避することができるのです。
人間が直面している問題
ある種が失われても、多くの生態系は多かれ少なかれ、食料生産や炭素貯蔵などを継続できるということは、それに依存している私たち人類にとってもかなり大きなメリットとなります。
しかし、これは実は大きな問題でもあるのです。
この冗長性のおかげで生態系が維持されるため、私たち人間は、生物多様性の喪失に気づかないまま、あるいは気づいても大したことではないと思い込みやすいのです。
残念ながら現実は、3つあるブレーキシステムのうち2つが故障した列車に座っているようなもの。
ブレーキが壊れたときに修理するか、生態系をある程度無傷に保たなければ、いずれ自然界の冗長性は失われてしまうでしょう。
その時点で、私たちは物事をうまく軌道に戻せるチャンスを失ってしまうのです。