ゾウの鼻の内部のおもしろい仕組みをもとに、その驚くべき機能や嗅覚の秘密を紹介します。
実のところ、ゾウの鼻を解剖するとしたら、それは、私たち人間の鼻よりも、舌の内部のように見えるようです。
もし、自分の鼻をピノキオのように伸ばして、その鼻を自由自在に曲げられるとしたら、あなたは何をしたいですか?
考えただけでワクワクしますね。鼻を水面まで伸ばしてシュノーケリング感覚で海を泳ぐのも楽しいかもしれません。
さらに、その鼻には、木を根こそぎ持ち上げるほどのパワーがあり、何キロも離れたところの臭いをかぎ分ける嗅覚まで備わっていたとしたら。
私たちにはあり得ない話かもしれませんが、それらは、あの体が大きくて長い鼻が特徴的な動物「ゾウ」にとっては決して珍しいことではありません。
ゾウは、以下のような鼻の内部のある特殊な構造のおかげで、私たちにはできないことでも日々当たり前のように行えているのです。
ゾウの鼻のパワーの仕組み
ゾウは、5000キロにもおよぶ巨体を維持するために、極めて大量の草や水が必要となります。
1日の大半を費やす食事のたびに、足元の水や草に口が届くまでしゃがむのがどれだけ大変で、時間と体への負担がかかるのか少し想像してみてください。
そうして、ゾウは、重量のある頭を支える首を短く、そして、鼻と上唇を一緒に長く伸ばして進化させてきました。
このように発達したゾウの鼻は、私たちの舌やタコの腕と同じ、「筋肉包骨格」と呼ばれるとてもユニークな筋組織でできた器官です。
骨や関節のない強大な鼻の筋肉
筋肉包骨格を分かりやすくいうと、全体がほぼ筋肉でできているようなものです。人体が約650の筋組織から成り立つのに対して、ゾウは鼻だけでなんと40,000もの筋組織をもちます。
通常、筋肉は、動いて力を発揮するために、骨や関節に依存しています。
たとえば、ダンベルを持ち上げるときは、上腕二頭筋が前腕の骨を引っ張ることで、肘関節周辺の振り上げる動作が生まれます。
しかし、ゾウの鼻には、引っ張る骨や筋肉が依存する関節がありません。その代わりに、筋肉がそれらの役割を全て引き受けているため、ゾウの鼻は信じられないほどの柔軟性があり、あらゆる方向に自由自在に動かせるのです。
さらに、この数多くの筋組織の束からなる鼻は、数百キロを持ち上げるのに十分なほど強力でありながら、ポテトチップスを割らずに拾えるほどの繊細な動きもできます。ちなみに、この筋肉包骨格の構造は、ロボットアームの研究で応用されています。
このようにゾウの鼻は、人間の舌のような構造をもちながら、手や腕のように多様な機能を果たしているのです。
それだけではありません。もちろん本来の「鼻」としての素晴らしい機能があります。
ゾウの嗅覚
一般的に、動物の嗅覚は、それがもつ嗅覚受容体遺伝子の数と関係しています。
ゾウの嗅覚受容体遺伝子は、およそ2000個だといわれており、それは、私たちが知る他のどの動物よりも多い数です。
たとえば、犬のなかでは一番の嗅覚をもち、「魔法の嗅覚」と呼ばれて軍用犬や警察犬として活躍しているブラッドハウンドがもつこの遺伝子は約800個であることを考えると、ゾウはその2倍以上にも及ぶ嗅覚受容体遺伝子を持っています。さらに少ない人間と比較すると、およそ5倍にも相当し、その嗅覚センサーで数キロ離れたところの水の臭いまで分かります。
実際に、ゾウの嗅覚はとても優れたもので、爆弾を嗅ぎわけることも可能だといわれています。アフリカゾウがアンゴラで地雷を避けて歩いているという報告もあり、そのことを調査した実験もあります。
2015年、研究者らは、地雷の主成分であるTNTを含むさまざまな臭いの物質を入れたバケツを並べて、ゾウをテストしました。
するとゾウは、97個のTNTサンプルのうち1つを除いてすべてを検出したのです。
もちろんゾウの鼻は、爆弾探査を目的に進化したわけではありません。
ゾウの鼻は「目」や「手」の働き
ゾウは、鼻を「目」のように使って食料や水を見つけ、ときには捕食者から身を隠し、仲間の居場所を見つけ出すときにも役立てています。それは、家族と再開するために、目を閉じたまま家族の居場所を正確に知ることができるようなものです。
ゾウの鼻の驚くべき機能は、まだあります。
ゾウは、水深が深い川を渡るときに、自らの鼻をシュノーケルのように曲げて、呼吸を確保します。
そして、体を洗うときには、鼻を消防ホースのように使い、鼻から吸い込んだ水で水浴びをします。なんと、一度の吸い込みで、鼻には最大で10リットルの水を吸い取ることができます。私たち人間は、鼻に水が入ると痛みを感じますが、ゾウは痛みもなくそれほどの水を鼻に含むことができるのです。
口に食べ物や水を運ぶのも鼻の役割で、挨拶や愛情表現のような社会的な目的にも使われてます。母親が子供の後ろ足や肩、口にやさしく触れるようにして愛情表現をする姿もしばしば報告されています。
さらに、Elephant Voicesの共同創設者で、約40年にわたりゾウを研究しているジョイス・プール(Joyce Poole)さんによると、ゾウは、不安を感じたときに、自らの顔や口、耳、牙などを鼻で触り、心を落ち着かせたり、自信をつけたりして元気を出すこともあるようです。
驚きの発見!ゾウには自己認識力があった
ゾウの前に、2.5m相当の大きな鏡を置いてミラーテストを行った研究では、とても興味深い結果が報告されています。
ゾウは、鏡に直面した後、次の4つの反応を経ていきました。
- 社会的反応
- 鏡に興味を示す。
- 鏡の検査
- 鏡の後ろを見る。
- 反復行動
- 何度も後ろを見たり、鏡をのぞいたりして、鏡を理解しようと試み始める。
- 自発的ふるまい(鏡像の自己認識)
- 自発的に鏡を使って、頭の上など、目では見えないところにある印に対する反応を示す。
ちなみに、彼らのお気に入りの行動は、鏡の前で口を開けて、鼻をチェックすることだったようです。
つまり、ゾウは、鏡に映った姿が自分のものだとしっかり認識していたのです。
このような鏡像(自己)認知は、脳での複雑な認知処理能力が必要なため、動物界では非常にまれなことで、これまで長い間、人間と一部の霊長類に限定されていると考えられてきました。
しかし、研究がすすむにつれて、ゾウとイルカにもあることが分かってきました。
さらに、個体発生(個々の生物が発生してから成長し、死ぬまでの過程)および系統発生(生物種が進化してきた過程)の両方において、鏡像(自己)認知は、「互いに共感し合う能力」、また、「他者と自分の考えや行動を理解する能力」に相関するとも考えられています。
事実、陸生哺乳類の中で最大の脳を持つゾウは、群れをつくって協同的に生活をするうえで、負傷した仲間を鼻で持ち上げて助けようとしたり、寄り添うような姿を見せたりといった「共感能力」を示す行動が、数多く報告されています。
動物園でも、野生においても、ゾウの感情的な行動がしばしば確認されていることからも、複雑な脳構造と、高度な知能をもつ種であることがうかがえます。
最後に
力強く、かつ繊細な動きも生み出すゾウの鼻は、動物界で最も優れた嗅覚をもち、私たちの「手」のように、そしてときには「目」として働く万能器官のひとつです。
ゾウにとって鼻は、食べ物を探したり、危険なものを避けたりといった意思決定のプロセスとして大切な役割を果たし、その優れた鼻の能力を活用して、日々群れで仲間と協同した生活を送っています。
研究がすすむにつれて、ゾウには、負傷した仲間の問題を認識し、相手に寄り添う「共感能力」があることも分かってきました。
ゾウについての研究は、これから人間が動物を理解し、共存していくうえでの道筋となる可能性にあふれているのです。
参照元:
・What’s Inside An Elephant Trunk
・Self-recognition in an Asian elephant
・treehugger.com