一体私たち人間は、どれほどの速度まで到達できるのでしょうか。ウサイン・ボルトの世界記録が破られる可能性はあるのでしょうか?
世界のトップ選手がより速く走るために、最も重要だと考えられていることが1つあります。
「支持期 (stance phase)」と呼ばれる走行段階で、地面に足が接触している状態です。
そして、まさにこれが短距離走のスピードの限界と大きく関わっているようです。
ここでは、私たちがより速く走るうえで、スピードの限界をつくりだす要因となっている問題を中心に、人間の最高速度はどれくらいなのかを研究をもとに分かりやすく紹介していきます。
どうやらウサイン・ボルト氏の世界記録が打ち破られる可能性はゼロではないようです。
人間のスピードの限界
世界トップクラスの競技会では、アスリートはより速くなり、記録を更新し続けてます。
さかのぼることナチス政権下のベルリンオリンピック。
当時、白人優位性を示したかったヒトラーの思惑に反して、100mで新記録を出したアフリカ系アメリカ人がいました。ジェシー・オーエンスです。
彼は、車ではなく2本足で時速35kmという想像もつかないようなスピードで走り、4種目で金メダルを獲得し、一躍陸上界の英雄となりました。
それから80年、オーエンスの記録を7パーセントも縮めて世界記録を更新したのが「人類史上最速の人間」として知られるウサイン・ボルト。
彼のトップスピードは、時速27.8マイル(約44.72キロメートル)にも達するといわれています。
実は、過去には「人間の速度には限界が存在するだろう」ことを示した研究があるのよ。
短距離走を速く走ることを考えた場合、筋繊維の質や体格だけでなく、足を振る速さから動かし方、足幅までさまざまな要因が関係しています。
人間が速く走るうえでの大きな問題とは?
最速のスプリンターとは、最も力強く地面を蹴ることができる選手だと考えられています。
それなら、足で地面を力強く蹴るために脚力を鍛えれば、速く走れるような気がしますが、現実はそれほど単純な問題ではないようです。
なぜなら、速く走れば必然的に、踏み出した足が地面に接触する時間が短くなってしまうからです。
たとえば、オリンピックレベルのスプリンターがトップスピードに達したとき、彼らの足の裏が地面に接する時間はわずか10分の1秒未満。
そうなると、速く走るほど限られた時間で強く地面を蹴る必要があり、そこに大きな問題が生じてきます。
「力を生み出すために必要な筋収縮にかかる時間」と「足の接地時間」の関係
一般的に、筋肉細胞は、収縮する信号を取得してもすぐに力を生成できるわけではありません。
問題は、そのプロセスの速さと足が地面に接する時間にあります。
どうやらどれだけ地面を速く押すことができるかにかかっているようです。
なかには他の人よりも収縮速度が速い筋線維を高い割合でもつ人もいますが、彼らでさえ最大の力を生みだすのに最低でも10分の1秒はかかるといわれています。
つまり、これはアスリート達が、速く走るほど足が地面に接する時間が十分でないために、レース中に自分の力をすべて使用できないことを意味します。
もちろん、(足を離すまでのわずかな時間内に)足で地面を強く蹴って筋繊維の緩みをより速く取り除くといったテクニックを磨くことでいくらかスピードの改善はできるでしょう。
しかし、それでも彼らの筋繊維や関節が、わずかな接地面を通じて提供できる力には限界があり、それが速度の限界につながってしまいます。
残念ながら私たち人間は、ある速さ以上は速く走れないのです。
短距離走のスピードの限界
これらのスピードの限界について科学者は、人間が短距離走マシーンになるために進化したわけではないからだと考えています。
代わりに私たちは、脚の筋肉を使って立ったり、歩いたり、走ったりといった多岐にわたる動きを最大限に利用できます。
つまり、人間は、速さだけでなく強さも必要とされ、この強さがスピードを後押ししているということです。
一般的には、すばやい筋収縮能力をもつ人に関しては特にそうですが、人間の最大走行速度がどれくらいかを正確に言うのはまだ難しいと考えられています。
しかし、2010年に行われた人間の最大速度に関する研究では、スピードに関してどれほど優位となる筋肉の遺伝要素がある場合でも、時速31マイル(約50キロメートル)を超えることは不可能だろうと示されました。
100m走でいうと、限界の記録は、9.27秒だという説もあります。
もし、いつの日かそれよりも速く走れるようになりたいと願うなら、おそらく遺伝子操作を行うか、足を地面により長い時間とどまらせて走る方法を見つけるしかなさそうです。
実際に、チーターや犬競争に使われてきたグレイハウンド犬のような走るのが速い動物は、私たちと同じように筋肉の限界があっても、足が地面に接触する時間が長いために、それだけ多くの力を生み出すことができます。
しかし残念ながら、チーターの走りを見習ってものすごいスピードで駆け抜けることは、人間の進化の過程で持ち合わせることのない選択肢だったようです。
一方で、水泳は陸上競技に比べて、記録が伸びやすいと考えられています。
陸上短距離走よりも水泳の方が記録が更新されやすい理由
2009年、ブラジルの競泳選手セザール・シエロフィリョは、なんと17%もタイムを縮め、100メートル自由形で世界記録となる46.91秒を記録。
この記録には、テクニックの改善だけでなく、科学の技術、特に水着の素材が大きく関わっているといわれています。
ここで重要なポイントとなるのが、陸上競技と水泳の違いです。
陸上競技と水泳の違いからみるスピード
私たちは走ると、前面の空気中にある原子や分子に衝突しながら進みますが、そのとき、後方では移動方向と逆向き(後ろ向きに)に引き戻して移動を妨げる力「抵抗力」が働きます。
泳ぐときにも、水分子によって同じような抵抗がかかりますが、水は空気よりも密度がずっと大きいため、水圧は大気圧よりずっと強くなります。
つまり、科学の力でこの抵抗を軽減できれば、より速く泳げるというわけです。
そして、科学を駆使してこの目的を見事に達成したのが、生地表面に細かい溝を付けて水分子による抵抗や水流の影響を減少させる特別な水着でした。
このスーパースーツと呼ばれる水着を着ると、身体を引き締めて凹凸を抑えることで、できるだけ流線型に近づけて周囲の水をスムーズに後方に流せるので、より速く泳げるようになるのです。
実のところ、このハイテク水着を着た選手たちはあまりにも速くなり、130以上の世界記録が破られてしまったので、2010年に水泳連盟によってこの水着は禁止され、素材や肌を覆う面積などに新たなルールが定められました。
企業は、この新ルールに従って研究開発に取り組んでいるので、革命的な水着が新たに誕生すれば、記録が更新される可能性は高いと考えられています。
人間はまだ最高速度には達していない
水泳のような記録の更新は難しいかもしれませんが、オリンピックでは陸上競技も高い人気と注目度を誇る競技です。
特にわずか数百メートルの短距離レースでは、あらゆる種のアクションをわずか数秒で実現するという点で大きな魅力があります。
それは、まさに100分の1秒を競う世界。
ここで、ちょっと考えてみてください。
2010年の研究が正しいのであれば、私たち人間はまだ最高速度には達していないはずです。
それなら何らかの形で、世界最速の男、ウサイン・ボルト氏の世界記録を塗り替える人物が現れる日は十分に考えられるでしょう。
個々の能力を最大限引き出してレベルアップしたトップスプリンターたちが競うオリンピックは、まさにサイボーグではない人間の限界に挑戦する大舞台といえます。
もしかすると、これから迎えるオリンピックで、人間の限界スピードにまた一歩近づく瞬間を目の当たりにできるかもしれません。
参照元:
・What’s the Fastest Speed a Person Could Run?
・Why Are Some World Records So Hard to Break?