赤ちゃんキリンが生まれて最初に経験することは、2メートルもの高さから(産み落とされて)地面に落下すること。
しかし、赤ちゃんは1時間も経たないうちに、自分の力で立ち、歩き始めます。
シロナガスクジラの赤ちゃんは、1年近い妊娠期間の後、生まれた瞬間から水面まで泳ぐことができます。ヤブツカツクリのヒナは、ふ化した後すぐに自力でエサを探して生活できます。
一方で、人間の赤ちゃんはどうでしょうか?
私たちは自分で動いたり食べたりすることができない状態で生まれ、うまくコミュニケーションもできず、感覚器官も未熟です。
生まれてしばらくは、どこにでもおもらしをしてしまいます。
仮に哺乳類の中で人間の頭脳は高いとされるのであれば、なぜ私たちの赤ちゃんはそんなに賢くはないのでしょうか?
ここでは、人間の赤ちゃんが霊長類や他の動物と比較して、認知能力や運動能力の点で未発達な状態で生まれ、自立とは程多く無力な理由について紹介します。
人間の赤ちゃんは、脳が未発達で生まれる
人間の赤ちゃんは、発達が不十分なため無力な状態で生まれます。親の保護を要する生活から始まるので、最初の数ヶ月を「妊娠第4期」と考える人もいます。
新生児の自立度を他の動物の赤ちゃんと比較して表に表すと、私たちは、目も見えない状態で生まれるパンダと同じように、親の保護を必要とする「晩成性(ばんせいせい)」の端っこに位置します。
早い時期から自立する早成性の動物と比べてみましょう。たとえば、脳と身体が発達した状態で生まれる牛は、生れてすぐに立って歩き始めます。
小さな人間は、一人で生活できるようになるまでに、たくさんの親の世話を必要とします。
両親は、9ヶ月ほどただ身体を大きく育てるだけでなく、抱っこして移動させたり、食べさせたり、危険なことから守ったりして、その後も十数年かけて生きていく術や知恵を教えていきます。
生まれたとき、私たちの脳は、大人の脳のサイズの約30%です。これは、すべての霊長類の仲間の中で最小だといわれています。
長い間信じられてきた産科ジレンマ説
私たち人間の脳だけでなく、チンパンジーは40%、オマキザルは50%というように、他の霊長類の脳も大人に比べて比較的小さなサイズで生まれます。
それはなぜなのでしょうか?
長い間、科学者のその質問に対する答えは「産科ジレンマ(Obstetric Dilemma)」と呼ばれる説が最良だとされてきました。
産科ジレンマとは次のようなものです。
人間の脳は、身体の物理学的に、できる限り大きな状態で出てきます。出生時に脳がもっと大きかったとしたら、産道を通れなくなります。
一方で、もし、赤ちゃんの頭がもっと大きく、それに合わせて母親の骨盤が広くなると、妊婦が歩いたり走ったりするときの効率が悪くなります。
それは、現代女性の人生にはそれほど影響を与えないかもしれませんが、私たちの祖先が生きていく上では大きな問題です。
そこで科学者らは、二足歩行が損なわれるため、母親の骨盤は歩くのに十分狭いままで、赤ちゃんが骨盤に合わせて頭がまだ小さい早い段階で生まれるようになったと考えたのです。
つまり、自然淘汰的に見いだされた妥協点が、妊娠期間を短縮して、頭が大きくなりすぎる前に赤ちゃんが生まれるようにしたということでした。
たしかにそれは論理的な考えではありますが、研究がすすむにつれて、それでは筋道が立たないと「産科ジレンマ説」に疑問が投げかけられるようになりました。
産道のサイズが二足歩行によって制限されるわけではない
研究では、より発達した赤ちゃんを出産するのに十分な幅の骨盤が、必ずしも歩行や走行を妨げるといった証拠はありません。
ロードアイランド大学のアン・ワレナー博士は、腰幅がトレッドミルでの女性の歩行にどのように影響するかを調べたところ、腰の広さと自発運動の低下との間に相関関係がないことを発見しました。
現に一部では、赤ちゃんの大きな頭に合わせて骨盤の開口部が大きい女性すら存在します。
すべての女性がそうであるわけではありませんが、赤ちゃんの頭による自然な圧力に合わせて、骨盤が広くなることも可能です。
したがって、骨盤のサイズは、赤ちゃんが未熟な状態で出てくる理由にはなりません。
一般的に、ヒトを含む一般的な哺乳類の場合、妊娠期間と子孫のサイズは、母親の体のサイズによって予測されます。
体の大きさは、動物の代謝率と機能を代用する有効な手段なので、研究者らは、骨盤よりも「代謝」が人間の出産のタイミングを説明するうえで役立つのではないかと考え始めたのです。
「妊娠」と「胎児の成長」のエネルギー論説
ロードアイランド大学の人類学者であるホリー・ダンスワース氏は、「人間の進化におけるこれらすべての魅力的な現象(二足歩行、困難な出産、女性の腰幅の広さ、大きな脳、比較的無力な乳児)は、何十年もの間、産科のジレンマと結びついてきましたが、実際には反するようだ」と述べました。
そして、彼女は、ハーバード大学のピーター・エリソン氏とニューヨーク市立大学ハンター校のハーマン・ポンツァー氏の協力を得て、「EGG(エネルギー論、妊娠、成長)論」、または、「妊娠と胎児の成長のエネルギー論」と呼ばれる人間の出産のタイミングに関する新しい仮説を立てました。
母親が作り出すエネルギーには限界がある
女性は、妊娠すると、自分の体内で完全に新しい臓器である胎盤を育てるのにかなりのエネルギーを要します。さらに、お腹の中で発育中の赤ちゃんが大きくなるほど、彼らの母親への要求も大きくなります。
つまり、赤ちゃんが生まれるタイミングは、赤ちゃんが産まれるまでの間に必要なエネルギーを母親がどれだけ作り出せるかにかかっているようです。
人間や他のすべての動物には、「基礎代謝率」と呼ばれるものがあります。これは、他に何もしていないときに消費するエネルギーの量です。
ツールドフランスの自転車競技者は、パフォーマンスがピークのとき、基礎代謝率の4倍か5倍にも相当するエネルギーを必要とします。
しかし、スポーツ選手のように鍛えていない通常の人間では、約2倍が最大といわれ、生物学的エンジンをこれ以上長く実行することはできません。
CPUをオーバークロックしたときに機器への負担がかかって、故障リスクが高まるのと同じように、私たちがどれだけ余分なエネルギーを消費できるかには、物理的な制限があるのです。
出産は、母親が妊娠と胎児の成長に費やすエネルギーの限界を迎えるタイミング
妊娠後期になると、母親は、胎児を成長させるために妊娠前の2倍近いエネルギー量を必要とします。それは母親の限界に達するレベルです。
妊娠中の女性の代謝データの調査では、女性が代謝の危険ゾーン入る直前に出産することが示されていました。
妊娠9ヶ月にもなると、赤ちゃんが必要なエネルギー量が、母親が作り出すことができる量を超えてしまい、それが赤ちゃんの生まれるタイミングとなるのです。
これらの代謝の制約は、チンパンジーのような霊長類の親族と比較して、人間の赤ちゃんが無力である理由を説明しています。
チンパンジーの赤ちゃんは生後1ヶ月でハイハイをし始めますが、人間の赤ちゃんは約7か月までハイハイをしません。しかし、人間がチンパンジーと同じ発達レベルで新生児を出産するには、約16ヶ月に及ぶ妊娠期間が必要です。
それは母親のエネルギーの限界をはるかに超えてしまいます。
実際、妊娠がさらに1ヶ月続くと、代謝の危険ゾーンに入る可能性があることを研究者たちは発見しました。
これについて、ダンスワース氏は、「骨盤の解剖学に関係なく、より発達した赤ちゃんを出産することは生理学的に不可能だろう」といいます。
子育てが人間をより賢く進化させた
しかし、エネルギーと代謝論でさえ完全な答えではないかもしれません。
生まれたときの赤ちゃんの無力さは、彼らが生まれた後に起こることにも大きな影響を与えた可能性があります。
動物の赤ちゃんが出生時にどれだけ自給自足できるかは、多くのことによって決定できます。
彼らが捕食者から逃げる必要がある場合や両親がすぐに移動しなければならない場合は生まれてすぐに歩かなければなりませ。また、卵は孵化するのに十分な栄養素を持っています。
しかし、無力な赤ん坊を育て、彼らに賢くなるための知恵を与えて助けることは、古代の人間をより強く賢くした可能性があります。
人間の祖先を見ると、自然淘汰が人間に有利であったことは明らかです。彼らの脳は大きくなり、より認知能力が高くなってきた傾向があります。
人間の赤ちゃんの脳は、エネルギー論でいうと可能な限り大きな状態で生まれます。そして、それをもっと賢く大きな脳にする唯一の方法は、生まれてからの多くの時間を脳の成長のために費やすことです。
それには、より長い期間かけた親の子育てが求められます。
両親の知能が高ければ高いほど、無力な赤ちゃんの世話を長い期間かけてすることができ、生存率も高まります。親には賢さが求められ、赤ちゃんの脳もそれに応じて大きく成長していきます。
脳の発達は生存競争を有利にした
最近の研究によると、現代の人間の脳は、25歳になるまで発達し続けることができます。
長い間子供を世話する親は、子供の脳の成長を促してきたのです。
おそらく初期の人間は、知性が高まるにつれて、社会的になり、それが子供を育てるうえでさらに役立ったでしょう。
これらは、1、2世代でできることではありません。彼らは何百世代にもわたって進化してきたのです。
私たちの祖先の頭脳が成長した理由は間違いなく他にもあります。道具を作り、動物を狩るのも、大いに役立ちました。
火を利用し、より多くのエネルギー源と栄養素を得るために食物を調理することも助けました。
しかし、どの親に聞いても分かるように、子育ては簡単なものではありません。特に最初の十数年は、無力な赤ちゃんを育てるのに、人間独自の知性と社会的能力が必要です。
チンパンジーのグループに人間の赤ちゃんを与えたとしても、それはうまくいかないでしょう。
最後に
すべての興味深く、そして複雑な人間の特性と同様に、私たちの知性と赤ちゃんの無力さは、1つの理由で説明することはできません。
それには多くの理由が関わっているのです。
赤ちゃんを産むのは簡単なことではありません。
しかし、人間は子孫を増やし、世話をするのがとても上手であるという事実、そして、お互いが深く関わりあいながら長い歳月を重ねてきたことは、ある意味で特殊な種といえ、それが生存競争を生き抜く力として大きく役立ってきたのかもしれません。
参照元:
・Humans Are Smart. Why Are Babies So Unsmart?
・Science Daily