なぜ雨の匂いは虫を惹き付けるのか?雨の匂いの正体とは?

2020年6月16日


長い乾期の後の雨の匂いを魅力的にしているのは感謝だけではありません。

実のところ、雨の匂いには、いくつかの化学反応が関係しています。バクテリアや植物、そして、雷でさえも、私たちが雨の後に経験する心地よい匂いを生み出す役割を果たしているのです。そして、それらが生み出す雨の匂いは、昆虫をも誘惑してしまうようです。

なかでも「ペトリコール(Petrichor)」として知られる雨の匂いは、これまで数々の科学者や香料関係者を魅了してきました。

ここでは、雨の匂いの正体について、研究をもとに分かってきたことを中心に紹介します。

雨の匂いの正体

なぜ雨が降ったときに感じるあの大地の匂いを人は敏感に感じ取るのでしょうか。

実のところ、それについては、科学者の間でもあまり理解されていません。しかし、研究がすすむにつれて、雨の匂いの原因については、解明されてきました。

オーストラリア連邦化学産業研究機構(CSIRO)のイザベル・ベア氏とリチャード・トーマス氏は、雨の匂いを「ペトリコール」と最初に命名した研究者です。

正確には、乾期の後の雨が降り始めるとき、大地から空中に放出される油の匂いです。

このことは、1964年3月のNature誌で紹介された論文「Nature of Argillaceous Odour」で紹介されています。

ペトリコールは、ギリシャ語で石を意味する「ペトロス」と、神々の体を流れる神秘的な血液を意味する「イコル」という言葉から生まれました。

リチャードは、何年もの間、古くから知られている大地での現象の原因を突き止めようとしていました。

自然界では、乾燥した粘土や土壌は、呼吸したり、水で湿らせたりすると、特有の匂いが発生することが、古くから鉱物学の教科書で認識されています。

それでは、これらの土の中の匂いは、どのようにして引き起こされるのでしょうか?

植物由来の「ぺリコロール」

雨の匂いは、特に乾燥地域で広く認識され、干ばつの後の最初の雨に関連すると考えられています。

イザベルとリチャードは乾期の岩石を水蒸気蒸留することによって、匂いの原因物質である黄色がかった油、ぺリコロールと呼ばれる石の血を発見。

日照りが長く続くと、特定の植物が、脂肪酸を豊富に含んだ揮発性の油を放出します。その油は、身近なところでは、食品添加物としても知られるパルミチン酸やステアリン酸などで、植物が乾期の水不足に適応して種子の発芽や成長を抑制するために放出されると考えられています。

そして、それらの油は、乾期の間に岩石や土壌中に蓄積していき、少量から中程度の雨が降ったときに、微視的な水の粒子に含まれて空気中に発散されます。

その揮発性物質が、私たちの嗅覚に届くと、雨の匂い「ぺリコロール」として感じるのです。

「ぺリコロール」の放出方法

匂いの放出が引き起こされるには、石の表面にある細孔が覆われる程度の湿度、少量の水で十分です。

この油が空中に放出する一連の美しいプロセスを視覚化するという困難なタスクに挑戦したのがマサチューセッツ工科大学の科学者チームで、彼らは、雨滴が多孔性石の表面に当たると、接触点で小さな気泡を閉じ込める様子を高速カメラで撮影し、超スローモーションビデオで公開しました。

この液体と固体の混合物は、エアロゾル(aerosol)といいます。

エアロゾルに閉じ込められた気泡は、その後、グラスに注がれたシャンパンのように、上向きに発射され、最終的には水滴からはじけるようにして空中に放出されます。

研究チームはまた、雨滴の速度と接触面の浸透性に基づいて、放出されるエアロゾルの量の予測にも成功しました。これは、特定の土壌ベースの感染病がどのように広がるかを知る手がかりになる可能性があります。

オゾンの匂い

ペトリコールには、大気中の雷やその他の放電などによって引き起こされるオゾンの匂いも含まれます。

オゾンは、ギリシャ語で「におい(ozein)」を意味するように、特有の強い匂いを持ち、それがペトリコールに雨が降る前からでも嗅ぐことができるさわやかな香りを与えています。

雨の匂いの要因となっている物質は他にもあります。

細菌が作り出すゲオスミン

雨が降った後に経験する温かみのある土のような匂いは、細菌によって生成されたものです。

ジョン・イネス・センターの分子微生物学責任者であるマーク・バトナー教授は、BBCのインタビューで「これらの細菌は健康な土壌に豊富にいる」といいます。

つまり、湿った土壌のような匂いがするとき、実際に私たちが嗅いでいるのは、特定の種の細菌によって作り出される分子の匂いだったのです。

雨の匂いには、ゲオスミン (geosmin、ジェオスミンともいう)と呼ばれるアルコールの一種と2-メチルイソボルネオール(2-MIB)と呼ばれる有機化合物が大きく関係します。

この2つの物質は、両方とも土の中に住むストレプトマイセス属という真正細菌の一属か作られています。ストレプトマイセス属は、細長く増殖する放線菌のほとんどを占める一属です。

これらの細菌は、バクテリアの細胞がタンパク質を作るのを妨げて成長させない作用がある(抗菌作用)ため、数多くの抗生物質にも利用されています。

雨の水滴が地面に当たると、これらの細菌が作り出した土壌中にある匂い分子が、空気中に舞い上がり、雨の匂いのもととなるのです。

それでは、なぜこれらの細菌は、匂いの原因となる物質を放出するのでしょうか?そもそも彼らは何のために、化学物質を生成しているのでしょうか?

細菌は何のために匂いを出すのか?

科学ジャーナル「Nature Microbiologysi」誌によると、細菌が生成する匂いは、トビムシと呼ばれる6本足の原始的な虫をおびき寄せるための罠で、細菌が生育地を広げる生存戦略に有効に働くといいます。

科学者らは、わずか2mmほどのトビムシ類の触角に、小さな電極をつけ、匂い刺激に対する反応を調べました。

すると、雨の匂いの原因物質と考えられている「ゲオスミン」と「2-メチルイソボルネオール」を触角が感知して反応を示すことが分かりました。

トビムシは、落ち葉やストレプトマイセスを含む土壌中の細菌をエサとします。

研究者らは、トビムシが歩きながら、エサである細菌を腹部にある毛のような器官で拾い上げるのを見た後、その虫の糞を分析してみると、細菌の胞子が虫に食べられてもなお生きたままであることを発見しました。

これらすべての調査結果をまとめ、科学者らはトビムシと細菌(ストレプトマイセス)は、花と受粉者である昆虫の関係に似ており、匂い物質は、トビムシがエサにたどり着く手がかりとして活用され、細菌の胞子はトビムシに取り込まれることで、生育域を拡大するチャンスを得ていると考えました。

これは、細菌の生存戦略にはとても重要となります。

匂いは、細菌の生存戦略の一部

細菌は、土壌条件が厳しかったり、住んでいる土壌の栄養素を食べつくしたりしたときに、新天地を探さなければなりません。そのときに、自力で移動するよりも、トビムシに運んでもらい、糞と一緒に拡散されることではるかに効率的に繁殖地を広げることができます。

科学者らは、これら2つの匂い物質がそれ自身でどのような働きをするのかまでは明確にできていませんが、一緒に働くとより強力になることは分かっています。

植物由来の「テルペン」が化学変化を起こしたもの

デンマークのオールボー大学のジェッペ・ルンド・ニールセン教授によると、ゲオスミンが、テルペンと呼ばれる植物の香りの源に関連する可能性があると示されています。

テルペンがなんらかの化学反応を起こすときに、ゲオスミンに変化することがあるようです。

一般的にテルペンは、松のような針葉樹によって生産され、雨がこれらの香りを引き出します。多くの場合、植物が生成した化学物質に雨のつぶが当たると、乾燥したハーブを粉砕するときと同じような方法で、水滴で葉の毛が損傷して化学物質が放出され、匂いが強くなります。

乾期はまた、植物の代謝を鈍くさせるため、降雨が引き金となって代謝が再び活発化することで、植物が放出する香りがさらに強まります。

人間は雨の匂い分子に敏感

現在、ゲオスミンは香料成分としてより一般的になっています。

トビムシを誘惑する匂いであると同時に、実は、多くの動物がそれに反応することも分かっています。なかでも人間のゲオスミンに対する嗅覚は極めて鋭く、敏感に反応するといわれています。

調香師のマリーナ・バルセニーラは、「ゲオスミンの匂いは非常に原始的で、香料として強力な材料です。人間はそれを10億分の1まで希釈しても尚検出できるでしょう」といいます。

トビムシのようにゲオスミンが食と結びつくわけでもなく、それがジャスミンのように臭いニオイを消してくれるというわけでもないにもかかわらず、私たちは敏感に反応してしまうのです。一部の科学者は、生きていくために雨天に頼っていた祖先から継承した人間の雨への愛だという意見もあります。

しかし、奇妙なことに、人間はゲオスミンに惹きつけられる一方で、その匂いに嫌悪感を抱くともいわれています。

これに対してニールセン教授は、「匂い自体は、人間には有害ではないはずですが、どういうわけか私たちはそれを何か否定的なものと関連付けている」とコメントしています。

過去には、ゲオスミンが水道水のカビ臭さの原因であったことなどを考えると、もしかすると、細菌で汚染された水を飲んで病気にならないように、嗅覚を介して警告する役割を果たしているのかもしれません。

雨の匂いについては、まだ未知の分野が残されていますが、少なくともトビムシや他の節足動物に食事への手がかりを残しているのは確かなようです。