昆虫は、ときに自分より1000倍以上重たい物や体より大きな物を持ち上げて運びます。
彼らのパワーの秘密は、私たちの骨とは違う「外骨格」にあるとすれば、なぜ私たち人間は、外骨格ではなく、体を内側から骨で支えているのでしょうか?
以下に、アリと人間の骨格の違いやそれぞれのメリット、デメリットについて、骨がどのようにしてうまれたのかといった進化をもとに紹介していきます。
2020年5月、ゲーム ・ オブ ・ スローンズのスター、ハフソー・ユリウス・ビョルンソン(マウンテンことグレガー・クレゲイン役)は、デッドリフトの世界記録を更新しました。
彼は、床に置いた501キロのバーベルを持ち上げ、名実ともに「世界最強の男」のタイトルを取得したのです。
しかし、自然界には、ハフソーも驚くほどの強者がゾロゾロいます。
たとえば、アリや糞虫(ふんちゅう)。
「え?あんな小さな生き物が?」と信じられないかもしれませんが、
もしハフソーが、ハキリアリほど持ち上げるパワーがあるとしたら、中型セダン車を持ち上げて、頭の上でキープしたまま家まで運んでいることになります。
フンコロガシのパワーにいたっては、体重の1141倍にも及ぶ物体を引く力の持ち主。
これは、人間が燃料満タンのボーイング787を引っ張って歩くのと同じです。
私たち人間から考えると、アリや糞虫(ふんちゅう)をはじめとする自然界のミニチュア重量挙げ選手たちは、骨がないにも関わらず、驚異的なパワーを持った特殊な存在にみえます。
どうやら彼らのパワーの秘密は、私たちの骨とは違う構造をした「外骨格」にあるようです。
人間の骨の数、骨格の仕組み
単純にいうと、体は、さまざまな肉の塊(臓器)が、岩(骨)にぎゅっと詰め込まれて、慎重に配列されたただの袋です。
それが、脊椎動物の体の基本です。
そして、私たち人間はすべて、十分な強度と柔軟性をもつ骨によって成り立ち、体を支えたり、運動したりできるのです。
人間は、206本の骨から成るといわれていますが、8人に1人は肋骨が余っていたり、少なかったりして数に個人差はあるようです。
種子骨とよばれ、手や足などの腱の中に含まれる小さな骨をカウントしなくても、足だけで、52本の骨があります。
その数は、なんと背骨の2倍。
手足を合わせると、体の半分以上の骨があるのです。
ここで、骨の役割について、少し考えてみましょう。
骨の力と役割
知力空間のサイトをクリックしたり、何かのボタンを押したりするには筋肉や神経が骨を動かす必要があります。
サイトを見ている脳に酸素が供給されるのは、あなたの骨の中で作られた血液のおかげです。
人の話声が聞こえるのも耳の中の小さな骨のおかげ。
そして、それらすべての骨の約70%が無機物で作られたミネラルでできています。
コラーゲンと呼ばれる柔軟性のあるタンパク質と硬いハイドロキシアパタイトが組み合わされて骨が粉々にならないようになっているのです。
その結果、平均的な体格の場合、約9kgの骨が、600kgから1トンの荷重に耐えられるほどの強さをもちます。
人が命を落とした後も、骨だけは長く残ります。
骨というのは、想像以上にすごいものだと分かったのではないでしょうか。
それでは、そもそも骨はどこからどのようにして生じたのでしょうか?
骨はいつどのようにして生まれたのか?
骨の起源を知るには、少なくとも動物がまだ存在しない時代、15億年前までさかのぼります。
その頃、地殻プレートが激しく動き、地殻の隙間から、カルシウムなどのミネラル(鉱物)が大量に古代の海に噴き出します。
このミネラルが、いつの日か私たちの骨になるであろう物体です。
初期の生命は、しばらくの間、ふにゃふにゃのままでした。
初期の多細胞生物においても、骨格がない体を、水に支えられていました。
しかし、約5億5,800万年前、進化の嬉しいできごとが起こります。
生命が、前口動物(ぜんこうどうぶつ)と、後口動物(こうこうどうぶつ)の二つに分かれたのです。
ここからが、二つの異なる骨格の物語の始まりです。
前口動物は、初期の口がそのまま口となって発生する生き物で、それに対して、後口動物は、初期の口が肛門になったり退化したりして、別に口が形成される生き物です。
前口動物は「外骨格」のもとになる硬い鎧をつくりはじめる
前口動物の進化の枝では、奇妙な生き物が、初めて体を覆う硬い保護パーツを開発し始めました。
これが、昆虫の外骨格の前駆体となります。
さぁ鎧競争の進化の始まりです。
新たな鎧で覆われた生物は 海の中で守られ、天敵に食べられる機会が減ったため、ふにゃふにゃの仲間よりも生き残っていきました。
それは、自然選択(淘汰)では、重要なポイントとなります。
初期の外骨格は、時間とともにより洗練されたものとなっていき、口がつぶれたような生き物、完全な鎧のスーツを着用した生き物なども登場します。
そして、初期の節足動物、現代の昆虫や甲殻類の祖先らしきものも見られ始めます。
後口動物は、海中のミネラル(鉱物)で骨のもとを作りはじめる
もう一方の後口動物の進化の枝では、ふにゃふにゃのオタマジャクシのような生き物に別のことが起こっていました。
柔らかい軟骨のような背棒が 運動に必要な筋肉の足場を提供するために形成され始めたのです。
外側に部分的に硬いセメントのような鎧を進化させた生物もいました。
これらは骨の前駆体で、すぐに、この硬いものが顎のような新しい構造の基礎を形成しました。この頃にはとても大きな顎をもつ生き物もみられます。
後にこのミネラル(鉱物)の鎧は ゆっくりと内部化していきました。
初期の背骨を形成しながら、他の骨と一緒になって、今の脊椎動物の骨格における重要な部分を作り始めます。
それから長い年月をかけて、自然界で生物は、様々な方法で再石灰化に成功し、植物のリグニンやセルロース、軟体動物がつくるカルシウム(鉱物)の貝殻やサンゴの骨格などに発展させていきます。
昆虫の外骨格の強さの秘密
しかし、昆虫や甲殻類は、内側ではなく、外側に「キチン」と呼ばれる多糖の一種の鎖から作られた外骨格をもちます。
キチンは分子的には植物に含まれるセルロースに似ていますが、より硬くて安定しています。
伊勢海老の殻をミクロスケールで拡大してみると、結晶がベニヤ板を積み重ねたように配置されたキチンが確認できます。
これらの特別なナノ構造の配置は、キチンの外骨格を信じられないほど負荷に対して強くしたのです。
それが、昆虫が自分よりもはるかに重量のある物を持ち上げる理由です。
では、外骨格がそんなにも強いのなら なぜ私たち人間は、外骨格をもたないのでしょうか?
人間が外骨格をもたない理由
それは、全ての自然界の原理と同じように、「トレードオフ(何かを得ると、他の何かを失う」が関係しています。
まず、装甲された外骨格を選ぶと、大きく成長するのが難しくなります。
外骨格は外側に生きていない層があるため、成長することができません。
たとえば、ロブスターやゴキブリは、大きくなるたびに、脱皮しなければなりません。
古い骨格を脱ぎ捨てて、新しい外殻が固まるまでの間は、何日も何週間も攻撃されやすく軟弱な状態となります。
重さの問題もあります。
強さと機敏性の選択が骨の進化に影響
アリの脚の強さは、極小の質量(自重)では機能しますが、そのアリを人間の体重までスケールアップした場合、自分の重さで潰れてしまいます。
なぜなら、生物は、大きくなるにつれて、体積と質量が、管状の外骨格の脚の強度よりも早いスピードで増加するからです。
これでは、体が大きくなる速度に肢の強さがついていけません。
一方、私たちの内部の骨格は、体が大きく、強くなるにつれて、骨と筋肉が一緒に成長します。
しかし、ここにもトレードオフがあるようです。
大きな脊椎動物は、太っているので、より大きな骨が必要になります。
ゾウの場合、体重に占める骨の割合が約13%で、超敏捷性(びんしょうせい、動作の素早さ)はありません。
トガリネズミは4%で、素早い反面、簡単につぶれてしまいます。
一方で、人間は、ゾウのような強さとネズミのような機動性の妥協点といえる約8.5%で、仮にもっと強くて大きな骨があれば、今のようには機敏に動けなくなってしまうのです。
外骨格のデメリット
もう一つの問題は、人間サイズのアリだと窒息してしまうことです。
昆虫には血液がありません。
昆虫は、外骨格の小さな穴から呼吸をして酸素を取り込んだ後、一連の内部チューブを通じて各組織に送り込んでいます。
酸素が管を通って移動できる距離は、空気中の酸素濃度に依存するため、体が大きすぎると酸素を循環させることができなくなってしまうのです。
実は、先史時代には、大気中に含まれる酸素濃度が高かったため、約60cmのトンボが存在していたといわれています。
さらに、すべての筋肉が外側の外骨格についていることは、強い反面、柔軟性の点では融通が利きません。超強いバッタは、体を柔らかく曲げることは難しいのです。
つまり、キチンから成る昆虫の外骨格は、力が強い反面、体のサイズに制限があります。
進化は偶然に起こった出来事の重なりの賜物
先ほどの進化の分岐を覚えていますか?
一方の分岐は虫の外骨格につながり、もう一方の分岐は最終的に人間をはじめとする他の脊椎動物の骨の形成につながりました。
それを考えると、私たちが今の姿になったのは、運や偶然的なできごとが大きく影響しているようです。
なぜなら、私たちの祖先が硬い体を作り始めた時、唯一使える材料は自然が与えてくれたものだけだったからです。
10億年以上も前、地殻プレートが移動する際に、地殻を構成する岩石の板がこすれ合ってつくられた鉱物が、大量に海に流れ込んだ出来事。
そして、それらの鉱物の一つである炭酸カルシウムが、たまたま体をつくるうえで有用な材料だとわかったことです。
カルシウムで体を作った生き物たちの進化
進化は、 ステイホームが求められた私たちのようなものです。
周りにあるものは何でも使って、できることは全て行わなければなりません。
私たちのはるかに遠い祖先は、地殻プレートが粉砕してできたカルシウムを浴びていました。
そして、その身の周りの材料「カルシウム」を使って、骨のような組織を作ったのです。
骨の進化の物語は、壮大な年月をかけて、環境が影響を与えたたくさんの機会や出来事によって発展し、その度に地球上で全く新しい道を歩んできました。
実のところ、最終的にカルシウムで体を作ったのは 脊椎動物だけではありません。
軟体動物からサンゴ、ヒトデのような無脊椎動物は、すべてカルシウムを使った構造物を作って体を支えています。
一方で、昆虫や他の節足動物のような生き物は、別の方法、キチンからなる外骨格で体を構築しています。
進化は、偶然がなしえた出来事のおかげです。
仮に私たちが、再び進化のはじめに戻ったら、また違った進化の道をたどり、今とは異なる姿になるかもしれません。
非常に小さく、外骨格の鎧で包まれ、頭には角、手はハサミになっていることも考えられます。
そうなると、アリはどんな姿をしているのでしょうね。