ウミガメが大洋を数千キロも巡り、出発したときと同じ特定の海岸に戻ってくることができるのは、体内コンパスや目のセンサーのおかげだといわれています。
今回は、世界で最も優れたナビゲーター動物「カメ」の研究をもとに、動物がもつ正確な方向感覚の秘密について紹介します。
さて、あなたは、家から数百キロも離れた場所で迷子になってしまった場合、自力で家までたどり着けるでしょうか?
携帯電話も地図もなく、夜だったらどうでしょうか?
人間以外の生き物の多くは、何の道具も使わずに、夜でも水中でも世界各地を迷うことなく大移動できます。
そして、その多くが鳥やミツバチ、ハトのように、体内コンパス(方位磁石)によって方向を感じ取り、自分がどこにいるかを知ることができるといわれています。
「体内に方位磁石があるなんて、意味が分からないし、どうなってるの?」と不思議に思いますよね。
さっそく以下にその仕組みをみていきましょう。
カメが数千キロも迷わずに移動できる理由とは
カメは、毎年世界中の海を旅しています。
タイマイと呼ばれる熱帯の海域で見られるウミガメは、卵から孵ってすぐに、浜辺から海にはい出て、まだ幼いうちから大海を縦横無尽に巡ります。
そして何年も海で過ごした後、繁殖の時期がやってくると、自分が生まれ育った浜辺に戻ることができるのです。
世界最大のウミガメといわれる「オサガメ」のように、1000メートル以上もの深海まで潜り、1000キロもの旅をするカメもいます。
実際に、オサガメに関しては、北アメリカから太平洋を横断してインドネシアまで往復することで知られ、近年には、アフリカのガボンから南大西洋を横断してブラジルまでの7500キロ以上もの距離を移動して、数年後に再び産卵に戻ってくることもGPS調査で分かりました。
さて、カメはどうやって繁殖地までの何千キロもの距離を移動し、迷子にならずに戻ることができるのでしょうか。
もちろん、カメは地図も道路もコンピューターも使いません。
実は、研究がすすむにつれて、カメの特殊な能力は、磁石の力を使った素晴らしい科学の力によるものであることが分かってきました。
地球は大きな磁石
磁石には、必ずN極とS極と呼ばれる2つの端(極)があります。
N極とS極はお互いに引きよせあい、同じ極同士では反発しあいます。
それは、磁石のまわりには、目には見えない磁力が働いているためです。磁石で金属を引っつけて持ち上げられるのも、この磁力のおかげです。
私たちの地球も、大きな磁石のようなものです。
北極(North Pole)にはS極、南極(South Pole)にはN極という巨大な磁気コアが発生する磁場があるため、方位磁針の針(N極)は地球のS極(北極)に引っ張られて北をさします。
それが、方位磁針を使うと方角が分かる理由です。
カメは地球の磁場を敏感に感知できる
カメは、いつでもどこに行くにもこの方位磁石を持ち歩いています。
持ち歩くといっても、私たちが使うような方位磁石ではなく、それに似たものを頭の中に入れているのです。
それは磁鉄鉱(じてっこう、マグネタイト)と呼ばれ、磁石にひっつく珍しい鉱物として知られています。
カメは、脳にある磁鉄鉱で、北を敏感に感じ取っているのです。
この特殊な感覚には、磁覚(じかく)というクールな名前もついています。
「磁鉄鉱」を使って方向を感知する動物
磁覚によって行き先が分かる生き物は、他にもたくさんいます。
渡り鳥をはじめ、イルカやクジラ、アザラシ、牛、ハト、ロブスターやカエル、チョウチョやハチなどもその一種。
実は、科学ジャーナル「Scientific Reports」によると、鳥のくちばしや魚の鼻、さらには人間の脳からもこの磁鉄鉱が発見されています。
ノースカロライナ大学の神経生物学者ケネス・ローマン氏は、動物が、コンパスの感覚によって、磁力線の傾きの変化(赤道では平らで、極地では垂直)に基づいて緯度を知り、磁場の強さの微妙な違いによって経度を感じ取っていると考えています。
しかし、実際にはこの磁鉄鉱が、磁気センサーの役割を果たしていることを証明した人はおらず、すべてを理解するのはまだ難しいようです。
動物の磁覚について研究する科学者たちは、この磁鉄鉱の他にも注目している体内のメカニズムがあります。
地球の磁場を感じるセンサーが目にある
イリノイ大学の物理学者クラウス・シュルテンは、渡り鳥の網膜にある「クリプトクロム」という青い光の受容体が、磁場によって活性化されることで方向を感じ取っていることを示しました。
しかし、ウミガメが大洋を巡り、出発したときと同じ特定の海岸に戻ってくることができるのが、体内コンパスや目のセンサーのおかげで、それが実際にどのように関わっているのか、それともまだ他にも役割を果たす部位があるのかについては、まだ不明な部分は多く、研究すべきことがたくさん残されているようです。
地球の磁場はどこでも同じではない
先程、地球は大きな磁石だと話しましたが、実は、地球ではおよそ数十万年から数百年に一度のペースでN極とS極が逆転してしまう現象が過去に何度も引き起こされています。
科学ジャーナル「Earth and Planetary Science Letters」によると、地磁気の変動が頻繁にあった時代もありました。
さらにいうと、方位磁針のしめすN極(北磁極)は、自転の軸で考えるN極(北極点)よりも少し南にずれており、動物の体内コンパスもそれに向いています。
地磁気とその役割
地球の地磁気は、太陽からの有害な電磁波から地球を守ってくれています。
しかし、その強さや向きは地球のどこに行っても同じというわけではなく、太陽の電磁波の影響や、送電線の低周波磁場、地球内部の液体の層(外核)にある鉄やニッケルなどの金属の流れなどによって乱れることもあります。
このような磁場は、地球の内部で、電気を通しやすい特徴をもつ鉄の流動運動によって発生すると考えられているため、内部から湧き出たマグマがゆっくりと冷えて固まった火成岩には鉄が多く含まれ、磁力をもつものが多いといわれています。
身近なものに砂鉄がありますが、これは火成岩が風化して細かくくだかれたものです。
最後に
いかがでしたか?
磁場を感じ取る動物は、他にもたくさんいます。
犬は南北の磁場に沿って排泄をし、キツネは磁場を利用して見えない獲物を捕獲していることも分かっています。
今回は、動物のもつ正確な方向感覚の秘密について紹介しましたが、動物は、見る、聞く、探す、感じる、取り込むなど、さまざまな方法で体のパーツを使い、情報を取り込み、賢く、懸命に生存に役立つ行動をとっています。
そして、これらの動物の能力は、私たち人間が直面する問題の解決策としていろいろな形で科学的に生かされているのです。
ぜひ身近なところから好奇心をもって、磁石に関する科学的な考えを応用して解決できそうなものを探してみてください。
参照元:
・How Magnets Can Help Us Navigate
・The body’s hidden compass